その4(後)小田ちゃんは右胸のほうが敏感ですよ!

 バシャバシャバシャバシャ!


「きゃっ! 二葉さん必死すぎですよ、わぷっ!?」


「……どこかの幼馴染のせいで空気変わっちゃったし」


 自身を追ってくる羽山に対して、容赦なく水を掛けて抵抗する二葉。


「仲良くおっぱい揉まれる側になりましょうよ――捕まえましたっ」


 ただその抵抗の分、逃げる速度が出せなかった二葉は思っていたよりも簡単に追いつかれていた。


 なるほど……所詮は水だからな……シャワーとかならともかく、手でバシャバシャした程度じゃわかってれば耐えられるか……もしかして覚悟を決めた鬼からは素直に逃げるほうが良いのか? 義妹の尊い犠牲のお陰で、俺は学ぶことができた。感謝しなくては。


「あそこまで揉まれるとスキンシップと言えないですよね……」


「原因作ったの氏姫だけどな」


 雪路? 後ろから抱きつかれるようにして胸を揉まれる二葉を間近で観察しているが? 完全に次に捕まってもいいやと考えているのがわかる。普段から反撃されることを前提にセクハラしてるからな……その後のご褒美が確定しているなら、先に身体を差し出すことすら厭わないんだろ。


 俺は間違っても近づかないし、二葉の痴態が極力視界に入らないようにしたいくらいだ。羞恥に悶えて身を捩る義妹とか、ある意味1番反応に困るからな。ただ完全に目を逸してしまうと、新たな鬼になる二葉の動き出しがわからなくなっちゃうという厄介さ。


「なんか二葉……やけに暴れてないか? そんなにくすぐったいのか? 雪路にやられてるの何回も見てるけど、あんな風にならないよな?」


 暗に氏姫も、と匂わす。


「えっと……ゆきちゃんは上手なので……色々慣れてると言いますか……わざとくすぐったくするときもあるので一概には言えないんですけど……」


 ものすごく言いづらそうに言葉を詰まらせた幼馴染。ただ言いたいことはわかった。


「……雪路にやられるのは基本的に気持ちいいと」


「弱点を知られちゃってるってことでもあるんですけどね……」


 まぁ……やられる側としては苦笑するしかないだろうな。雪路は流石と言えば良いのか、なんと言うか……ん? 俺としては雪路にアドバイスを求めておいたほうがいいのか? 


「どんまい」


 なんて思ってることを悟られないように慰める雰囲気を出しておいた。バレバレだろうけどな。


「あ、気が済んだみたいです。私逃げますね」


 切り替えて逃げるの早え……氏姫の背中を見送りつつ、視線を戻すと既に解放されているのに胸を庇い続ける二葉の姿が見える。羽山の揉みかたがよっぽど嫌だったらしい。そんな義妹が次の目標として定めたのは、最寄りの雪路だった。


 そりゃ日頃の恨みがあるだろうしな……ついでに、次の鬼が雪路なっても1度は狙われずに済むし。ただ最恐の鬼に追われることになる氏姫と羽山のヘイトを買うことにもなるんだが……。


 結局、雪路は逃げる様子もなく捕まった。どことなくなにをされるか楽しみにしているように見えたのは錯覚であって欲しい。


 我が義妹は自分がされたように雪路の背後に回ると、彼女のささやかな膨らみを手の平で優しく包み込む。1回1回にたっぷりと時間をかけた揉み方だった。ねちっこいとも言う。


 表情を崩さずにされるがままの雪路。余裕がありそうだ。流石、普段からセクハラしては反撃されているだけある。慣れっこといえばそうなんだろうな。


 しかし、俺と目が合った瞬間だけは、照れくさそうにしている。流石に男に見られるのは恥ずかしいらしい。


 そして次の被害者になる可能性の高いふたりは見るからに動揺していた。その表情が「ずるい!」と訴えている。そりゃそうだ。次の雪路が鬼の間、二葉は安全圏なんだから。


 二葉から解放され自由になった雪路はそんなふたりを交互に眺め、楽しそうな笑みを浮かべるとゆっくり水面を掻くようにして進んでいく。


 にしても、だ。背が低くて肩まで水に浸かってる雪路に対して、遠慮も容赦もなくバシャバシャと水を掛けて抵抗している氏姫と羽山は、その……傍から見てるとイジメかな? と勘違いされかねないよな。


「確保です!」


「……なんで俺?」


 なんて思っていたからだろうか。不意に方向転換した雪路にタッチされた瞬間、呆けた声を出してしまった。雪路としてもあり得ない選択肢だろうに。


「純粋な好奇心です! 阪口先輩がこういう空気のときにどこまでするのか気になりまして!」


「はぁ!?」


 なに言ってんのこの百合っ娘!?


「阪口ちゃん小田ちゃん羽山ちゃん! 選り取り見取りですよ!?」


 助けを求めるように周囲を見渡すも――ニヤニヤしてる義妹、自分を指さしてる幼馴染、おろおろしている自称男嫌い――と誰もあてにならなそう。てか氏姫! なんで満更でもなさそうに自己アピールしてんだよ!


「おい、雪路」


「あっ、その前にあたしが先輩になにかしないとですね! ……頭を出してください!」


 言われた通りにするしかないんだろうなぁ……。ただ、正直怖い。なにをしてくるのか他の誰よりも予想ができねえっ! 


「?」


 恐る恐る差し出した頭に手を乗せてくる雪路。そのままポンポンとして数度撫でてくる。


「あたし小さいから頭を撫でられる機会はあるんですけど、逆は無いんですよね。実はやってみたかったんです! クラスの女の子とかは警戒しちゃって頭なんてまず触らせてくれないので……」


「あー」


 背の低い雪路に頭を差し出すってことは、基本的に頭を下げる必要がある訳だ。すぐセクハラしてくる相手から視線を外すなんて難しいよな……そりゃ警戒されて当たり前。自業自得じゃね? そんでこんな風にやりたくなったのは俺が氏姫にやったのを見てたからと。


「なんだか納得されるのムカつきます!」


「自分の言動を思い出すんだな」


「別に良いですけど! それよりも阪口先輩? 楽しみにしてますね! まさか、軽く触って無難に終わらせたりしないですよね!」


 ……果たして異性に軽く触るのが無難なのかは疑問でしかないんだが? なんて言い出せば総ツッコミを受けること確実なので黙る。そりゃあ自覚はありますし?


「……わかったよ」


 渋々頷くとターゲットを定める。もちろん、氏姫だ。ある意味では無難な選択肢扱いされそうだけど、文句を言われても知らん。自己アピールしてたヤツが悪い。そう言い訳できるのがありがたい。


 俺が動き出したのを見て、距離を空ける羽山をスルー。挑発するように近づいてくる二葉もスルー。


 ……羽山はそれでいいさ。二葉はなにをしてるんですかね? 聞くのも怖い。


 見なかったことにして、氏姫だけを視界の真ん中に捉えて寄って行く。向こうも気づいてるだろうに逃げる気配はなかった。というか……満足そうだ。仮に二葉か羽山を追っていたらどうなってたことやら。不機嫌化は確実だろうな。


「捕まえた」


「それで私はなにをされるんですか?」


「阪口先輩! 小田ちゃんは右胸のほうが敏感ですよ!」


 雪路!? 大声でなんちゅうことを叫んでやがる!?


「兄さん! 姫姉さんは後ろよりも前から揉まれたいタイプだよ!」


 お前もだよ二葉! まさか残る羽山も――


「えと……えっと……すみません、未空は情報無いです」


 よかった。羽山はまともだった。


「……ぁぅ」


 そしてなるほど。雪路と二葉の言葉は事実だと氏姫の反応からわかる。


「……頼むから氏姫も否定しとけ」


 と言いつつ、記憶にはしっかり留めておく。というか、完全に俺が氏姫の胸に手を伸ばす流れになってるのは何故なんだろうな……。


「優しく、してくださいね?」


 氏姫もそのつもりだし……まったく。ついため息を吐きそうになってしまう。


「わかった」


 俺は頷き、氏姫を正面から見つめる。彼女は頬を染めながらも、俯くこともしない。ただ緊張からか、はたまた期待からか、まつ毛が小刻みに揺れていて……。


 俺は両手を氏姫の――





 

 ――脇腹に伸ばした。


「ひゃあ!?」


 余計な肉のついていないウエスト。両手で同時に掴むと、氏姫の身体がビクンと震えた。


「相変わらず細いなぁ」


 ああ逃げたとも。笑えばいいさ!


「一樹くん」


 氏姫が俺の呼ぶ声に確かな落胆の色が滲んでいる。表情も期待から無へ。場の空気が白けていくのがわかる。


「まぁ、兄さんだもんね」


「正直、知ってました」


「ですよねー!」


 ちなみに鬼ごっこは夕方まで続くことになったのだが……期待していたモノが見られなかったせいか、俺と氏姫が狙われまくることに。


 俺はデコピンされ、蹴られ、水中に引きずり込まれた。


 逆に氏姫は……雪路と二葉の情報が正しいことだと俺に示すためとしか思えない感じに、ひたすら胸を狙われ続けたという……そのことに関してはほんと申し訳ない。

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