その4(前)羽山の太ももを入念にチェックする幼馴染の図

 その日。俺の認識だと、雪路が氏姫にちょっかいを出したのが始まり。二葉は当然のように反撃するために雪路を追いかけて――なにを思ったか途中で羽山を巻き込んだ。自然と鬼ごっこみたいな雰囲気になり……。


 ・範囲はプールの25メートル✕8レーンだけ。プールサイドへの逃走は禁止。


 ・泳ぐのはなし


 ・捕まったら次の鬼になる。


 ・逃げる側は水を掛けたり抵抗可能。


 ・鬼は捕まえた相手になにをしてもオッケー。


 ・鬼は直前に自分を捕まえた人物以外を追わないとならない


 ・執行中は間近に寄って見るもよし、次に備えて距離を取るも自由


 こんな感じのルールが暗黙のうちに決まっていった。


 雪路が二葉を捕まえてスキンシップと言い張るのが不可能ないつも通りのセクハラを。角度的に見えなかったけど、義妹の反応的に恐らくお尻になにかしたと思われる。


 二葉が羽山にタッチしてデコピン。加減してないのか結構痛そうだった。羽山は反射的におでこを押さえていたし、しっかり赤くなっている。


 羽山は雪路の脇腹を指で突いた。前2つより優しそうに見えて、弱い場所を的確に狙っていたのか割と本気で身を捩って逃げようとする雪路。


 そんな光景を俺と氏姫はプールサイドに座って眺めていた。このとき、足をプールに入れていたのが失敗だったんだろうな。3巡くらいした頃、二葉が俺を見てニヤリと笑ったかと思うと、俺にタッチして水中に引きずり込んだ。


「女子だけでキャッキャウフフしてればいいだろ」


「見てるだけじゃつまんないでしょ? 鬼は捕まえた相手に好き放題できるのよ?」


「……あとで覚えてろよ?」


 とりあえず、目の前の義妹を1回は捕まえることを決意する。実はプールに引っ張り込まれたとき鼻に水が入って結構痛かったんだよな……仕返しにプールサイドから投げ入れてやりたい。ただ正式に決めた訳ではないとは言え、自然と採用されているルール上このまま狙うことはできない。


「なんだかんだ言いつつやる気になってるよね、兄さん」


 それがわかってるから二葉ものんびりしている。次からは全力で逃げるだろうけど。


「おっと氏姫、逃さないからな」


 さり気なくプールに入れていた足を引き上げようとしていた幼馴染の足首を掴む。流石にどこかの義妹みたいにそのまま引っ張りはしない。あれ、普通に危ないからな? 最悪、頭打つし。


「あの……一樹くん? 私は見学だけでいいかなって思うんですけど……」


「悪いな。こうなったら全員参加だ」


 俺が手を離すと仕方がないといった様子でプールに入ってきた。


「それで一樹くんは私になにをするつもりなんですか?」


 上目遣いで窺ってくる氏姫。


「……」


 なんとなく頭に手を乗せてしまった。数回ポンポンとしてから撫でる。水泳帽を被っていないから、直接触れた髪がしっとりとしていてコレはコレで気持ちいいかもしれない。氏姫も嫌がる素振りを見せない。そのことに内心ホッとした。


「ふーん……ちょっと意外かも……昨日、よね……」


 二葉の意味深な言葉は聞こえなかったことにする。いや……確実に協力者だった義妹には言っておくべきか? ……違うな。それは協力を求めた氏姫が判断することか。俺は……今度、さり気なくお礼になること考えよう。


「こんなもんか」


 あまり長くやっていてもやめ時を見失いそうだから数十秒で終わりにした。


「あ……」


 氏姫はどことなく名残惜しそうだった。けれど次は自分が鬼だということを意識したのか、切り替えるように頭を振ると周りを見る。その視線の先には――羽山が居た。いやまぁ……雪路を狙ってセクハラされるリスクを高めるはずもなく。俺も対象外の現状じゃ二葉との2択だけどな……。


 羽山もこれから狙われることを察したのか、なにかを呟くような素振りを見せて元々空けていた距離を更に取る。ただそれは壁際に近づくってことでもあるんだよな……吉と出るか凶と出るか。


 ゆっくりと水を掻くようにして進んでいく氏姫の背中を見送っていると、二葉が背伸びするようにして口を寄せてきた。というか二葉は逃げなかったんだな。氏姫に狙われる可能性あったのに。


 ――もしかして、捕まってもいいやと思ってたとか? 氏姫を巻き込んだのは俺だけど、その原因を作ったのは二葉だから……ありえそうだな。


「兄さん……ううん、やっぱりなんでもない」


 それだけで寄せていた顔が離れていく。言いたいことか、聞きたいことがあったのは表情が物語っている。けれど、二葉は言葉にしなかった。


「お、羽山のヤツあっさり捕まったな」


「ほんとだ……あれ? 羽山さん困惑してない?」


 ……ちょっと気になるな。妙なことをしなければいいけど……氏姫に限ってそんなことないとは思う。ただ、昨日の今日だ。懸念があるのも事実。今日も朝から普通に話していたから杞憂だろうけど。


「行ってみるか」


 二葉と連れ立って近づいていく。氏姫は羽山をプールサイドに座らせると、少し脚を開かせて――太ももを撫でた。時折、揉むを挟んで撫でまくった。これでもかと! スパッツ型競泳水着の裾を捲くり上げて素肌を露出させ、直接触ってるし……内ももを指先で突いたり、つつーっとなぞったり。


「ん、くっ」


 羽山はくすぐったそうに身を捩りつつ耐えていた。表情から必死さが伝わってくる。


「…………兄さん」


 義妹よ、ジト目を向けないでくれ……。


「言うな…………」


 羽山の太ももを入念にチェックする幼馴染の図。原因は考えるまでもなかった……俺が間違えかけたのを「悔しかった」とか言ってたからなぁ……そんなに似てるのか確かめたくなったんだろうな……。たまに自分の太ももと比べてるし。


 助けを求めるような視線を飛ばしてくる羽山には申し訳ないけど、俺には止めることができそうにない。二葉も同様なのか明らかに困っていた。


「どうしたんですかね? 小田ちゃん、幼馴染みたいに脚フェチに目覚めました?」


 雪路まで寄って来た。それにしても同好会内で俺が脚フェチとして共通認識されてるのウケる。


「さてな」


「知らない」


 そう答えるしかない俺と二葉。


「満足です」


 氏姫がそう言って頷いたのは数分後だった。羽山はというと俺たち全員の目が向いてることを意識したのか、そそくさと水着の裾を直すとプールに飛び込む。散々氏姫に触れられていた感覚が残っているのか、不自然に身体を震わせ、氏姫、二葉、俺、雪路と順に視線を向けた。


 あ、続ける気満々だ……妙な雰囲気になってしまったし、このまま終わりもあり得ると思ったんだけどな……。むしろ火が着いているように見える。そりゃ自分だけ変な目に遭えば仕方ないだろうけど。


 問題は――この先、鬼が捕まえた相手に求める方向性が、良からぬほうへ向かうことが確実なことだった。


 いや、雪路に関しては同性しか狙わないしセクハラはいつものことだから別に良いんだって。


「覚悟してください、二葉さん」


 羽山は二葉をターゲットに定めたらしい。その視線が明らかに同好会内で唯一自分よりも大きい胸を狙っているのだった。

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