その3 ブラウスをクンカクンカ! 匂いで持ち主を特定せよ!」

全員が思い思いの体勢で寛いでいる休憩時間。


「阪口先輩!」


「ど、どうした?」


「そこまで警戒されると……なんだか不愉快なんですけど!」


 たまたま隣に座っていた雪路が碌でもないことを考えている表情で声を掛けてきた。本人は納得いってないみたいだが、きっと羽山も同意してくれると思うぞ? 俺の幼馴染と義妹? 残念ながら雪路側だ。特に二葉。


「……ならそのいかにも変なことを企んでますって顔やめろや」


「素です!」


「もっと悪いわ!」


「先輩って同好会の女の子を脚で誰だか判断できたじゃないですか!? しかも、あたしよりも自信がありそうな感じでしたよね?」


 普通に話を続けるのな。そして雪路の言葉で他のメンバーの視線まで集めてしまう。なんだこの流れは……少なくとも自信満々に頷くのは違うとわかる。


「雪路だって正解しただろ?」


「あたし思ったんです! 阪口先輩なら他の方法でもいけるんじゃないかって」


 なんで氏姫と二葉は興味津々な訳? 話の流れが良くないことを敏感に察して逃げる準備をしている羽山を見習って欲しい。幼馴染として兄として。


「……他の方法ね。匂い?」「んー、匂いとかですか?」


 え、この義妹と幼馴染はなにを言い出してるの? 冗談を言ってる雰囲気でないのがアカン。


「いいですね! 3択じゃなくてあたしも混ざって4択にしましょう!」


 雪路のヤツ……言い出しっぺだし、不参加だと後になって二葉辺りに「代わりに……」とか言われる可能性を考えて先手を打ったんだろうけどさ……飛び込んでいく先を間違えてるぞ! それに提案したふたりはともかく、羽山までしっかりと巻き込んでいるのが酷い。


「やらねえよ? な? 羽山も嫌だよな?」


「ですです!」


 珍しく大きな声で同意する羽山。よっぽど嫌だと見える。反対が少数派なのが解せないけどな……。むしろ、なんで他の3人は男に匂いを嗅がれにいくのか。女子としては普通嫌がるのでは?


 ――あ……嫌がらないやつ居たわ――俺の幼馴染!


「外したら罰ゲームね」


「おいこら待て二葉。変な条件足すな」


「だってわたしたちは男子に匂いをクンカクンカされて恥ずかしいのに、メリットないじゃないのよ」


 どの口が言うか!? という言葉を飲み込んだ俺は偉いと思う。


「罰ゲーム……未空が指定してもいいですか?」


「……羽山さん? あなたは味方だと思っていたんですけど?」


 つい敬語になってしまった。でもそうなんだよな……羽山、意外と罰ゲームとか好きなのだ。というか、二葉はそれを知っていて罰ゲームなんて付け足した感がある。


「いいんじゃない? ね? 兄さん?」


 もうここまで流れが決まってしまえば覆せないと、この1年でよーーーーーく理解している。こうなりゃヤケだ。


「罰ゲームあるならご褒美もくれ」


「女の子4人の匂いを嗅いでる時点でご褒美でしょ」


 うぐ……それを言われると――って、マズい。二葉にペースを持っていかれてる!  


「でもついさっきまでプールに入ってましたから……匂いわかるんですかね?」


 そう言って自分の匂いを確認している氏姫。さも当たり前のように身体を直接嗅がれるつもりだったらしい。俺もお前に関しては自重せずに嗅いでもいいさ。二葉もギリセーフ。羽山と雪路はどう考えてもアウトだ。


「それが問題よね……塩素の匂いしかしなそう」


 プールの匂いって実は塩素自体じゃなくて、塩素と別のが結合した結果なんてどっかで見たことあるな……なんてどうでもいいことが頭を過ぎる。だってなぁ……女子陣の相談の行き着く先ってさ……服とかにならね?


「……プールの影響を受けていないモノですか?」


 お? 羽山がちょっと待てよ? そんな表情を浮かべた。気づいたか? 人によっては身体や髪を直接嗅がれたほうがマシなんて言い出しかねないほうへと向かってることに。


「制服ですかね?」


「あ、小田ちゃん。直接肌に触れてたモノのほうがわかりやすいと思うよ」


 雪路……氏姫が言ったのって……制服…………ブレザーだろ? 比較的まともな選択肢だろ? どうして悪化させる?


「へ? え、えっと……」


 羽山が露骨に焦り始めた。うん、もう少し早く焦って欲しかったかなぁ! こうなる前に!


「パ――」「ブ――」


「あたしはブラウスがいいと思うな! ブレザーの下で程よく素肌に触れてる部分もあるし! いい感じに匂いが染み付いてるよね!?」


 失言に気づいたのか慌てた様子で軌道修正した雪路。同性に対してのセクハラさえなければ同好会でもまとも……な訳ないわ。


「ブラウスですね。いいと思います!」


 速攻で賛成する羽山。だよなぁ……せっかく雪路がとんでもない提案しようとしたふたりを遮ったのに無駄にしたくないよな……。


 ちなみにどっちが「パ」で、どっちが「ブ」なのかは――幼馴染の頭が心配になったとだけ記しておく。






「題して! ブラウスをクンカクンカ! 匂いで持ち主を特定せよ!」


 なんかつい最近似たようなタイトルコールを聞いたなぁ……脚と匂いだと、どっちが変態度上なんだろうな?


 あえて広げたままのブラウスが4枚、プールサイドに胡座をかいてる俺の目の前に並んでいる。ブラウスの列を挟んで向かい合って座っているのが、持ち主たちだった。もちろん順番はシャッフルしているらしい。


 右から正座の氏姫、体育座りで足をクロスさせている二葉、普通に体育座りの雪路、女の子座りの羽山。全員の目が俺――これから自分たちのブラウスをクンカクンカする男――に注目していた。


 どうして満更でもなさそうな顔してるんですかね? 幼馴染さん!? 義妹も! 雪路は覚悟を決めてるし、羽山が唯一この段階になって羞恥を見せている。


「……コレからいくか」


 名前が書いてある可能性があるタグだけは絶対に見ないように気をつけながら、右側から手に取って――そこで動きが止まる。


 これ……どの辺を嗅ぐのが正解なんだ? とりあえず腋がアウトなのはわかる。とっくに危険域に達していそうな変態度が更に上がってしまう。だからって胸元も無いじゃん? 襟もなんか……だからって袖だと、逃げた感じが出るよな……。背中が無難か?


 こんな状況を作ったのは女子陣で「女の子4人の匂いを嗅いでる時点でご褒美でしょ」とか言ってたんだから、俺もここまでくれば開き直って思いっきり堪能してやることにした。言ってたのはひとり? 反対しなかったんだから、もう同罪でいいだろ……。


 1枚目のブラウスを改めて見るが……コレに関しては正直、見ただけでわかるよな……サイズが明らかに小さいんよ……雪路だろ――あ、だからブラウスって言ったのか? 見ればわかるからワンチャン嗅がれないと考えて……。なるほどな~。咄嗟にブラウスを提案した割に考えてた訳だと感心する。


「すーっ!」


 雪路に一瞬だけ目をやって見せつけるように思いっきり吸ってやった。清楚感のあるミントの香りがする。本人のモノと思われる匂いも微かにするけれど、いい匂いだなって感想しか浮かばない。鼻につくこともなく、そこまで印象的ではないな……本人はあんななのに不思議だ。


「ほい、雪路だろ?」


「あはは……絶対に見ただけでわかってたのにわざと思いっきり嗅ぎましたよね?」


 ブラウスを受け取り、苦笑を浮かべる雪路。俺がそんな行動に出た理由まで的確に察しているように見えた。


「今回は匂いで特定できるか、だろ? ルールに従っただけだ」


 そういや雪路って百合っ娘を名乗っておきながら、男とも普通に接してるよな。むしろ、先輩後輩として接しやすい距離感なんだよな……他がおかしいから余計にそう感じる。


 2枚目。ここからはサイズで判断できないから素直に嗅いでいく。


「すんすん」


 嗅ぎ慣れた柔軟剤に、これまた嗅ぎ慣れた石鹸の香り。そりゃ……同じの使ってるからな……そして程よい甘さに混ざる、仄かな汗の匂い。完全に二葉だった。スキンシップ過多な義妹だけに今更間違えるはずもない。


「2枚目は二葉だな」


「え、兄さん……一切迷う素振りも見せずに妹の匂いを断定できるの?」


 ふむ。


「いや、お前の汗の匂いがしたから」


「嘘!? ちょ、やだ! 普通気づいても言う!? デリカシーなさすぎ!」


 俺から慌ててブラウスを引ったくってクンクンと確認する二葉。そして自分でも汗の匂いを感じたのか、複雑そうな表情を浮かべた。その頬がらしくない程、赤くなっているのを見るに本気で恥ずかしかったらしい。


 誰も二葉の汗が臭いとか言ってないんだけどな……俺が嫌だと思ってたら夏場のスキンシップを拒否ってるわ。


「すんすん」


 涙目になりつつある義妹を眺めながら3枚目。甘い、いかにも女の子って香りで鼻孔がいっぱいになった。今までで1番濃厚。すれ違いざまに香ってくればつい鼻を動かしてしまいそうな。正直、癖になりそうな匂いだった。


 コレは――羽山だ。ヤバい、もうちょっと嗅いでいたいかも……。


「すんすん」


 自制できずにもう1回いってしまった。ものすごく悪いことをしている気分になってきて、つい恐る恐る女子陣の顔を窺ってしまった。


 面白そうな顔をしている雪路。あっという間に立ち直り、意外そうな二葉。持ち主だろう羽山は俯いていて表情はわからないけど、プルプルと小刻みに震えているのを見るにほんと申し訳ない。逆にジッと見てくるのは氏姫だった。


 誤魔化すように4枚目を手に取る。最後の1枚は必然的に氏姫のモノになる訳で。ある意味で遠慮する必要のない相手ってことだ。


「すーーーーっ!」


 鼻孔どころか、肺の底までいっぱいにするように吸い込んだ。幼馴染の愛用するシャンプーの微かなレモンと、身体から漂う彼女本来の匂い。ミックスされたふたつが絶妙の心地よさを持って、俺の鼓動を早めてくれる。俺の大好きな匂い。いくらでも嗅いでいられる匂い。飽きる気配のない匂い。許されるならこの匂いに包まれて眠りたいと思う程だ。


 2度3度と嗅ぎ続けたくなるのを我慢して、鼻から離した。


「……3枚目が羽山で、最後が氏姫だな」


「兄さんは匂いのほうが自信ありそうだったね。フェチの脚よりもわかりやすかった?」


 まぁ、義妹に嫌味を言われるようなことしてるわな……。


「正解です! 流石ですね先輩!」


 なんだか雪路のいつも通りのテンションにホッとしてしまう。とりあえず……罰ゲームがなくなって本気でよかった……。この場の空気で羽山が考える罰ゲームとか恐怖の対象でしかない。

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