…………入ってくれる新入生、居るのか?

 腕時計で時間を確認すると、休日用に設定されている下校時刻まで1時間を切っていた。


「もうちょい掛かるか?」


 男の俺と違って女子陣は着替えにどうしても時間が掛かってしまうのは仕方ない。毎回、こうやって待っているのも楽しみのひとつだと感じられるくらいには同好会の活動が好きだった。


 屋内プールから外へつながるドアに背中を預けて空を見上げると既に日が傾き始めていた。校庭で活動している部活も片付けが終盤に入っているし、どうやら今日はだいぶ長くプールに入っていたんだなと。夜のバイトには問題なく間に合うから構わないと言えば構わないんだけどな。


 結局、あのあとは時折休憩を挟みながら遊び続けてしまった。コーチ枠とはいったい……なんて思考が浮かんでくるけれど……学校側だってどういう活動をしている同会なのかは把握しているはずなのだ。ほんと何故に許されているんだろうな。


 一緒に遊ばずに見守っていればいいだろなんて言われそうだけどさ……考えてみて欲しい。これが水泳部とかで呼ばれたコーチ枠なら真剣に練習する後輩たちを見守りつつアドバイスすることが求められるとわかる。


 しかし、だ。我らがプール同好会は空いてるプールが勿体ない! 自由に使えるようにしちゃえなんて考えで発足したんだぞ? アドバイスなんて求められるはずもなく。そもそも求められたとこで、できるはずもなく。


 春休みのコーチ枠で参加した初日は一応は一緒に遊ぶのはアウトだろうと思って見守ってたんだ。すると傍から見ると――後輩の女子高生がプールで遊んでいるのを眺めるだけの俺――なんて図が完成してしまったと。


「待って兄さん、ただ見られてるだけって普通に恥ずかしいんだけど」


 よかった。てっきり義妹にはそういう系統の羞恥心がないと思ってたからお兄ちゃん嬉しいです――普段の二葉の私服姿や校則違反の制服スカート丈を思い浮かべながら。 


「あたしたちだけ水着姿っていうのも意外と羞恥を煽るっていいますか……」


 いつものハイテンションはどこへやら。もしかして俺、選択肢ミスったか? と雪路の言葉でそう感じ始めて。


「っ、み、未空のことは見なくて、大丈夫です、からね」


 羽山が俺に対して珍しくコミュ障男嫌いモードを発動していたことで完全に理解した。


「兄さん……私は別に構わないですよ?」


 あ、うん。氏姫はそうだろうな……ある意味、どういう状況でも変わらない安心感。


 なんて某幼馴染を除いて不評だったので次からは在学時みたいに普通に参加して今に至ると。俺、卒業してるんだけどな……。4月から大学生のはずなんだけどなぁ。


「一樹くん、お待たせしました」


 氏姫を先頭に、ぞろぞろと続いて建物から出てくる同好会メンバー。「うーん」と伸びをしたり、空を見上げて肩を回したり、スマホをチェックして「きひひ」なんて気色悪い笑い声を漏らしたり、キョロキョロ周囲に他の人影がないか気にしたり。


「んじゃ帰るか」


 俺の言葉で校門へ向かい出す女子たちの背を追いかける。左側から氏姫、羽山、二葉、雪路と身長順になっているのは本人たちになにか意図があったのか、それともただの偶然なのかはわからない。


 氏姫の隣に並ぼうかと考えてやめた。流石に5人で横に広がるのは迷惑になるだろうしな。それに制服のブレザー姿を後ろから眺めるというのも地味に面白かったりする。


 こうして見ると、着こなしにも性格が出るなと。特徴的なのは二葉と羽山だな。前者はメンバーで1番短いスカートの裾から黒いスパッツが覗いているし、後者はグレーのパーカーを重ね着して、スカートも長くした上でタイツまで履いて肌を極力出さないようにしていたりと。


 生徒手帳に校則として載っている通りに着ているのが実は雪路だけだったりする。氏姫? チェックする教師によってはスカートの長さを注意されるな。充分に短いから。


 先程まで身につけていた競泳水着なんかが入っているだろうスクールバッグも、シンプルに左手で持つ氏姫に、右肩に掛けている二葉、リュックみたいに背負っている雪路、両手で持って背後に回している羽山、と個性が出ている。


「一樹くん」


 俺の視線が気になったのか、氏姫が歩く速度を調整して俺の左側に並んできた。二葉が一瞬だけそんな幼馴染を目で追ったけれど、目的が俺だとわかったからか会話に戻っていく。


「どうした?」


「私たちを見ていたように感じたので。どうかしましたか?」


 その目に責めるような色は浮かんでおらず、単純に気になっただけらしい。


「いや、深い意味は無いんだけどな。後ろから並んでるのを見てたら性格出てるなと」


「……ですね。後ろ姿が見事にバラバラです」


 変わらず前を歩く3人を見て、氏姫も納得いったらしい。


「ところで4人で話してたんだろ? 離れちゃってよかったのか?」


「大丈夫だと思います。今日遊んでいた内容を話してるだけなので」


「そっか……っておい」


 左の手の甲に触れた温もりについ隣を見てしまう。イタズラっぽい笑みを浮かべながら意味深に小首を傾げてみせる幼馴染。


「どうかしましたか?」


 なんて言いながら、俺の左手に触れては離すなんて行動を繰り返す幼馴染。


「なんでもねーよ」


 今更手と手が触れたくらいでお互いに若干頬を染めてるとか、なにしてんだか。昼間なんて膝枕していたくらいなのに。


 タイミングを見計らって氏姫の手を握ると、当たり前のように握り返してきた。自然と表情を窺いあって、どちらともなく視線を正面に戻すと――ニヤニヤしている3人組と目が合った。合ってしまった。


「まーたイチャついてるし」


「にゅふふっ、クラスのカップルより仲が良さそうに見えます!」


「早く告白すればいいと思います。結果見えてると思うんですけど」


「「……」」


 俺と氏姫は3人の言葉でつい顔を見合わせてしまった。そして同時に顔を逸らす。告白ねえ……そんな勇気があれば幼馴染でこんな妙な距離感になっていない!


「そ、それでですね兄さん。春休み中のことですけど!」


「お、おう。色んなことがあったよな! 終わっちゃうのが寂しいくらいだな」


 誰が見ても無理矢理な話題転換を図る幼馴染に速攻で乗る俺。


「あ……そっか、春休みも終わりなのよね」


 二葉の言葉に全員が注目する。なんだ? なにか忘れてたみたいな感じだけど。


「二葉?」


「いやね、兄さんが卒業しちゃって同好会の最低人数を割っちゃったでしょ? 新入生探さないといけないなと」


 え、てっきり誰かの知り合いが入学してきて同好会に誘うから人数的な問題は生まれない。だからコーチ枠として俺が選ばれたって認識だったんだけど違うんかい……。というか……。


「…………入ってくれる新入生、居るのか?」


 つい言葉にしてしまったが、全員が同感なのか沈黙が下りる。いつの間にか俺たちは足を完全に止めていた。


 我らがプール同好会……男女比が偏ってる上に……自分で言うのもなんだけどイチャつきまくってる幼馴染コンビに、重度のブラコンとガチ百合っ娘、男嫌いコミュ障の組み合わせだぞ? 


 更に今日の活動はここ最近でかなり平和だったと断言できる。それこそ、同好会メンバーが顔合わせを済ませ、徐々に全員揃い始めた頃の空気感と言えるレベル。ある意味貴重でおとなしい日だった。


 普段は割と……いや、結構……かなり? 完全に身内ノリでハッチャけている。


 仮に見学に来たときは誤魔化せても、すぐにボロが出て逃げられるんじゃ疑惑が……。


「……とりあえず春休み中の活動内容を思い出してみるぞ?」


 俺の言葉に全員が頷くのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る