自称コミュ障は油断気味

 後頭部には片想い相手である氏姫の太もも。目の前にはそんな彼女の揉まれる胸なんて幸福な時間が長く続くはずもなく。


「満・足っ、です!」


 体感で数分が経った頃、雪路が立ち上がりバンザイをして喜びと達成感を表現するとさっさとシャワーへと向かっていく。自由なヤツだよなと思う。ただアレで人間関係でトラブルを起こさないんだからある意味で尊敬してしまう。見習いたくはないけど。


 まぁいいや。それよりも、氏姫のが気になった。実はちょっと前から俺の頭の下で内ももを擦り合わせるような動きを繰り返しているからな……。


「氏姫、大丈夫か?」


 身体を起こして幼馴染の隣に座って顔を覗き込む。彼女はギュッと目を瞑り、なにかに耐えるように唇を噛み締めていたが、やがてコクコクと頷く。


「……一樹くん」


 あ、ちょっと怒ってる。声色からわかった。そりゃ、止めるでもなくずっと眺めてたからな……しかも途中からはニヤニヤしていた自覚まである。


「悪かったとは思ってる」


 素直に謝った。ただ、次も同じことがあれば変わらず眺めるのも確かだ。


「別にいいです……胸を揉まれるのは微妙ですけど、一樹くんに見られるのは……嫌じゃないので。お気に召していたみたいですし?」


 微妙な気分なのも事実だけど、俺に見られるのが嫌じゃないってのも本音で言っているのがわかる。だからこそ俺も素直に認めることにした。


「最高だったぞ。間違っても声を出さないように我慢してた表情とか」


「ばか」


 可愛らしい『ばか』だった。言葉だけじゃ気がすまなかったのか、肘で脇腹を突いてきたので甘んじて受ける。最初から本気じゃなかったのか痛みはなかった。


「……今日もイチャついてますねー」


 そこで初めて、俺たちのことをジト目で見下ろしている人物に気づく。同好会最後のひとり羽山未空はやまみくだった。なんだかさっきも同じようなことがあったな。


「今日は元々ふたりしか居なかったからな。後からゾロゾロ来て全員揃ったが」


 我らが同好会の出席率は立ち上げ初期を除いて相当高いほうだと思う。俺もなんだかんだ、積極的に参加してたしな。氏姫目的で。


「そうだったんですね。もしかしてお邪魔でした?」


 羽山はどこかの義妹と違い、仁王立ちせず気をつけに近い感じで姿勢良く立っている。同好会の女子メンバーで唯一スパッツ型の競泳水着(ちなみに色は深緑に黄緑のラインが入っている)を身につける彼女は、少しイタズラっぽい表情をしていた。


 既にシャワーも浴び終えているのか前髪がおでこに張り付いていた。それでいて普段はストレートに下ろしているロングヘアーは頭の上でふたつのお団子に。


 そういやこの学校って通常の体育は男女一緒だけど、水泳の授業は男女別れるから女子がプールに入るために髪を纏めたり、お団子にしてる姿を見ているの俺だけになるのか。ふとそんなことを思ってしまった。もっとも、氏姫と二葉に関してはお風呂上がりの姿や寝顔まで見る機会が多々あるんだが。


 ちょっと優越感。


「んなわけないだろ」


「本当ですか? ゆきさんに胸を揉まれて羞恥に耐える氏姫さんを見て堪能していたみたいですけど」


 羽山はそれだけ言うと、右の肩紐に挟んでいた白い水泳帽を生真面目に被った。そのまま泳ぎに行くのかと思いきや――何故か俺の隣? に座った。疑問形なのは間に3人は座れそうな距離が空いているからだ。


 幼馴染も義妹も当たり前のように腕や肩が触れるどころか、密着するような距離感だからなぁ。現在進行系で、右隣で正座している氏姫みたいに。いくら俺だって流石にこのふたりが例外なのはわかる。


 ただ羽山も逆の意味で例外だろうな。もちろん、別に嫌われてるわけでないのは理解できている。自分でコミュ障だと言うだけあって彼女の癖みたいなものなのと、加えて男が苦手なだけだ。


 その割には同好会で俺に水着姿を見せてるのはどうなんだと疑問に思うだろ? 二葉と氏姫が中心になって作った同好会で、誘っていたのが同性だけだから安心していたら他学年の俺が居たんだからな。


 実際、最初はかなり抵抗感があったらしく、同好会に顔を出さない日もあった。でも1、2週間後には普通に会話を交わして、気づいたら氏姫と付き合っていないことをからかってくるようになっていた。キッカケは特に思い浮かばない。


 どうやら羽山の中で俺は安全な存在だと思われているらしいとは感じている。そして俺はひとつの答えに行き着いた。「一樹さんは氏姫さん一筋で自分に邪な目を向けてこないから大丈夫」そんな認識なのではないかと。


 恐らく、そう大きくは外していないと思う。似たようなことを言われたことがるし。ただ問題というか、困ったこともひとつある。どうやら本人的には男嫌いながら異性との恋愛願望はあるらしく、男が苦手なのを克服するのに俺を利用している節がある。


 例えば、どっかの義妹が悪ふざけで俺の背中に胸を押し付けたとする。そんなことをすれば氏姫が対抗して俺の腕を抱きかかえてくると。ここに加わってくることがあるんだよな……羽山。顔を真っ赤に染めてプルプル震えておっかなびっくり。


 俺が羽山のことを自称コミュ障で距離感がバグってると認識している原因はコレだった。会話も難なく交わせるし、俺の中ではコミュ障というイメージは強くない。ただ……同好会のメンバーで街へ遊びに行ったときの店員とかに対する様子を見てると、コミュ障と自称するのも納得いってしまうレベルでもあるんだけどな……。


「見てたなら助けてくださいよ」


「嫌ですよ。邪魔したら次に狙われるの未空じゃないですかー。そもそも氏姫さんだって一樹さんに見られて喜んでましたよね?」


「……さてと、充分に休めたので泳ぎに行ってきます」


 氏姫は不利を悟ったのか休憩時間の終了を決めたようだ。


 立ち上がってわざわざ1歩前に出てからお尻の食い込みを直す。見せつけるようだった。しかもその動作を俺が見ていたかチラッと確認までしてくるという……。咄嗟に目を逸らしても氏姫は誤魔化せない。あえて目をお尻に向けたまま頷いてやる。おまけとばかりに心からの笑顔を浮かべながら。


「――っ」


 一転してサッと俺の視線から両手でお尻をガードする氏姫。今更だった。一瞬、なにか言い出そうとして結局言わずにプールサイドを更に前に進みそのまま飛び込む氏姫だった。


 少し遅れるようにして別の場所でも飛び込む音が2回。二葉と雪路だろうが……ちゃんと準備運動したのだろうか? あいつらはそういうとこ怪しいんだよな……心配だ。


「一樹さんのえっちー」


 そして一連の流れを見ていた羽山の言葉。


「否定できねえ……」


「そんな一樹さんだから安心なんですけどねー」


「どういう意味だ?」


 羽山に顔を向けて疑問をぶつける。


「えっちな目で見る相手が決まってるってことです」


 彼女は立ち上がりながら言葉を返してきた。


「なるほど」


 納得だった。羽山はそのまま氏姫を追うようにプールへ向かっていく。羽山に関してはシャワーの前後にしっかりと準備運動をしているだろう信頼があるよな。実際にしてるだろうし。


 ただな羽山……ひとつ勘違いしてるぞ。確かに俺が意図的にエロい目を向けるのは氏姫だ。だけどな……不可抗力っていうのも世の中にはあるんだぞ?


 言葉を交わしていた相手が立ち上がって歩き出せば、つい目で追っちゃうだろ? スパッツ型の競泳水着で食い込みを強く警戒してないのかもしれないけどな? 直してくれませんかね?


 雪路はお尻に食い込むと速攻で直す。俺も極力目を逸らすようにしている――んだけどなぁ……。というか、安心できるの雪路だけなんだよなぁ……。


 氏姫はご機嫌のときや、誰かに対抗心を燃やしていた場合はさっきみたいにわざと俺に見せつけるし、二葉は完全にからかうためにやる。そもそも氏姫と二葉に関しては食い込みを直してもお尻が水着に収まり切っていないからな……競泳水着のせいだろうけど、本人たちの肉付きの良さもあるはずだ。


 羽山の場合は……結構な確率で放置とくる。スパッツ型だからハミ出さない代わりに形が丸わかりもいいところだからな……。水着が濡れてると尚更だ。


 自称コミュ障は油断気味。加えて男嫌いだから俺から指摘するのも憚られるというな……。困ったもんだ、まったく……。

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