義妹は割とアレ

「プールに入らないで……イチャついてるし」


 そんな声と共に視界に別の人影が割り込んできた。ちょうど氏姫の反対側から俺を挟むようにして立っている。誰かと思ったら青と白のやや派手目な競泳水着を身に着けた二葉だった。腰に手を当てながら膝枕をしている俺と氏姫を見下ろしていた。


 俺はなるべく義妹に目を向けないで済むように、顔の角度を変えて氏姫が視界の大部分を占めるように調整する。


 だってさ……氏姫はいいよ、膝枕されていて角度的に見えるの上半身だから。目のやり場に困るには困るが、濡れた水着姿なんて散々見てるから全然許容範囲だ。


 対して二葉に関しては俺の頭のすぐ横に立ってるせいで別の意味で目のやり場に困るのよ。しかもわかっていて足を肩幅に開いてやがるし。間違っても凝視しないように氏姫の方を見るのは当たり前だった。


 だからと言って、二葉に座られても困る。その……デカいのだ。具体的には同好会の中で1番胸が大きい。氏姫と並んで下から見上げるような形になってしまうと俺にその気がなくても見比べてしまうだろうし、敏感にその気配を察するのが俺の幼馴染だった。


「ちょっと前まで泳いでましたよ?」


「いまは休憩中なだけだ」


 実際のところ、お昼すぎにやってきて1時間くらいは水中に居た。軽く泳いだり、鬼ごっこしたり。完全に遊んでいたともいう。まぁ、元々そういう目的で作られた同好会だし問題ない。


「……ふたりの休憩は膝枕なんだ」


 義妹の表情が冷めて呆れたものだったせいで気まずさを感じてしまう。いつもならニヤついてイジってくるくせに……今日に限ってどうしたんだ? 機嫌を損ねるようなことはしてないはずにのになんだか普段の2割増しくらいツンツンしてる感じ。


「二葉?」


「どうしました? 機嫌悪そうですけど……」


 俺が名前を呼ぶとピクッと形の良い眉が跳ね、氏姫の直球に肩をすくめる。


「……更衣室でちょっとね」


 その言葉でなんとなく察した。恐らく、まだプールに現れていないふたりの内どちらかとなにかあったんだろうなと。


 いや……正確にはどっちが原因なのか簡単に想像できるんだけどな。片や自称コミュ障だけど同好会メンバーとは気が合うのかしっかり溶け込めている人物で、もう片方が女の子大好きっ娘で、当人を除く同好会女子が全員仲良く被害に遭っているガチ百合だからなぁ……。


「ゆきちゃんですか?」


 氏姫も同じ原因を思い浮かべたらしい。そして正解とばかりに頷いて見せる二葉。そのたわわに実ったふたつの膨らみの前で両手で握りこぶしを作ると、


『えへへへへっ、阪口ちゃんじゃーん! すっごくいいとこに居てくれました! ――じゅるっ』


 と、件の百合っ娘のモノマネを披露してくれた。地声が低めの二葉としてはキツイだろうに頑張ってるなぁと。ちなみに口調は完璧だった。それが逆に面白いと感じてしまうけれど、笑ったりしたら踏むくらいのことは平気でしてくるからなこの義妹。


「それで襲われたんですね?」


 幼馴染で被害者仲間だけあって氏姫もどんどん切り込んでいく。


「ええ。着替えてる最中に更衣室にやって来てね。わたしを見た瞬間、目がキランッて擬音が聞こえそうな感じで光ったからマズいと思ったんだけど……」


「着替え中ですか……脱ぎかけだったり、状況によっては逃げようがないですもんね……ゆきちゃんのことだから……脱ぎたての制服をクンカクンカしたとかですかね。何度もやられたことありますから」


 俺は知っている。それはつい先日も氏姫がやられたことだと。どうして知ってるかって? 加害者本人が自慢げに教えてくれたからだ。当然ながら氏姫には黙ってる。

 

 ……だって言えるわけがないだろ? お前の脱いだ制服、10分くらいじっくり匂いを嗅がれていたらしいぞなんて。目の前でする場合は数秒だけど、居ないとこではレベルが違うなんてな。


雪路ゆきじさんに関してはそのくらいならいつものことだし、別に。兄さんもたまにしてるし」


「え!? 一樹くん!?」


「してねえよ! 適当なこと言うな!!」


 ついガバっと身体を起こして顔ごと義妹を振り返ってしまう。するなら二葉じゃなくて氏姫にやるわ! 可能なら制服じゃなくて体操服にな! それも体育の後だと尚良し! なんて本音を言えるはずもなく。


 ここで俺は視界に映っている光景を認識して慌てて顔を正面に戻す。理由? 座っている形の俺と、近距離で立っている二葉。自然と視線が向かってしまう場所はどこでしょうってことだ。中々の角度ですねっと。


 なんでこいつは同好会メンバーの中でひとりだけハイカットの競泳水着を選んでるんだろうな……。他の連中と並んだりすると、違いがよく分かる……というか、ある意味では全員がタイプ違う競泳水着を自分で選んでるせいでバラエティ豊かになってるんだよな……。


 ハイカットからローカット、スパッツ型まで揃ってますって感じだ。俺はシンプルにハーパンタイプ。これはどうでもいいか。


「どうしたのかな兄さん?」


 義妹の表情を見なくてもわかる。俺と氏姫のことをからかうのとは違うニヤニヤ顔を浮かべてるんだろうなと。普通、妹なら兄貴からそんな目で見られたら嫌だろうに……こいつは血が繋がってないことを利用してイジってくるから性格悪い。


 まぁ、俺をからかうって意味では同じニヤケ顔なのかもしれないけどよ……このパターンは氏姫が機嫌悪くなることが多いからあんまり好ましくないんだよな……。


「なんでもねえよ」


「姫姉さんの体操服をクンカクンカしたいのはわかるけど、わたしのはやめてよね」


 俺がわずかとは言え動揺した原因にあえて触れてこない二葉。


「――」


 目の前で行われる兄妹のやり取りを見ている幼馴染が不自然に息を呑んだ。順調に不機嫌ゲージが上がっているらしい。


「……」


 俺はといえば、二葉に内心をしっかり当てられて黙り込むしかない。


「へー」


 そんな俺の反応を見て正解なんだと察する氏姫。どちらともなく視線が絡んで、同時に逸す。数瞬の間を挟んで伸びてきた幼馴染の手が俺に肩に触れてきた。そのまま導かれるように、俺は身体を倒して――元の膝枕の体勢へ。


 二葉の目に呆れの色が濃くなったけれど、これで氏姫の機嫌が少しでも戻るなら構わない。


「それでゆきちゃんになにをされたんですか?」


「雪路さんてば、ちょうどブラを外したとこだったわたしの胸を揉むだけじゃ飽き足らずに摘んできたのよ。つい変な声を出しちゃって……犯人以外には見られてなくてよかったわ」


 何事もなかったかのように話題を戻して、とんでもないことを言い出す義妹。しかも氏姫と膝を突き合わせるように座って長話モードに入ろうとしていた。


 膝枕されている俺の頭の真横って二葉の位置のせいで、自然と俺の視界の大部分を占めるのは話題になってる雪路に狙われた義妹の胸で……つい件の光景を想像してしまった。


「それは……どんまいです」


「ねえ兄さん、こういうときってどうするのが正解なのかしら」


「……俺に振るな。わざとだろお前」


「あれ? 二葉ちゃん、聞いてもいいですか?」


 なにかに気づいたように首を傾げる氏姫。


「ええ、構わないわ」


「更衣室でゆきちゃんと一緒だったんですよね? なのにこっちに来たのひとりだけなんですか?」


 言われてみればそうだな……。


「あ、単純な話よ。隣のロッカーに入ってたブラウスを渡したら『いい匂いがするぅぅぅぅっ!』って恍惚としてたから、その隙に着替えを済ませてさっさと逃げてきたわ」


 女子更衣室のロッカーに入ってたブラウスねぇ……。ひとりしかいなくね?


「――はえ?」


 なんて思っていたら被害者の素っ頓狂な声が耳に届いた。


「大丈夫よ、流れ的にわたしのブラウスも引っ張り出されて嗅ぎ比べられてる気がするから」


 想定済みと……ん? 傍から聞いてるとさ……自分が恥ずかしい目に遭ったからと、更に身を削って被害者を増やしたって話でオッケー? 我が義妹は割とアレだった。


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