よりみち6 錬金術師エリシアの始まり
あ、どうもリラです。
異世界へ転生してからそこそこの月日が経ちました。おおよそアニメが1クール終わるくらいですかね。なのでフーリエちゃんと出会った時期は春先の空気でしたが、今は夏が少しづつ顔を見せるようになりました。
で、本来なら夏は海! というのがお約束ですが、残念ながら私達の現在地には湖も川も無く。おまけに地形が盆地のようで普段より2割増しで暑い。木陰も無し。
日本の夏よりかは遥かに涼しいのですが、湿度が低いゆえに純粋な〝熱〟を感じます。本格的な夏を迎えたらどうなってしまうのでしょうか。
「あっつい……暑くて干からびそう……」
「こんなの暑いのうちに入りませんよフーリエさん!」
「
「あぁ〜いいねぇ〜」
「箒で飛びながら風を受ける必要あります?」
「強ければその分涼しいから」
魔法で暑さを和らげつつ進み、ようやく休憩できそうな木陰に辿り着きました。
冷たい水が乾いた喉に染みて無限に飲めそうです。ちなみに水筒には魔法瓶と同じ真空断熱が使われているそうです。錬金術によって熱は空気を伝うと解明されており、空気を抜く技法も確立されているのだとか。
でも考えてみれば、これだけ魔法や錬金術が発達しているのですから私から見た〝現代技術〟に匹敵するかそれ以上の発明があってもおかしくないですよね。それにワープホールの存在で私の転生前の世界の物が流れ込んでる疑惑もありますし。
「そういえばエリシアさんが錬金術してる場面を何だかんだで見てないですね」
「知識は間違いないけど、もしかして口だけな達者な素人?」
「違います! 正真正銘の錬金術師です! ほらこれ、錬金術協会の認定証!」
エリシアさんが見せつけてきたのは立法三角形がズレて折り重なった形――正八面体というそうです――をしたペンダントでした。
「これは錬金術における四元素、そして四性質を表しているんです。序列は上からトリスメギストス、アリストテレス、パラケルスス、ローゼンクロイツ、ハートリブとなっており、私はローゼンクロイツです。ちなみに最上位のトリスメギストスは協会長ただ一人です」
「今ここで錬金術できないの?」
「そう簡単に言いますけどねぇ、準備とか大変なんですからね。結果に与える影響の8割は準備と言われているんですから」
そう口を尖らせながらも大きなバッグから器具を取り出すエリシアさん。科学の実験に使いそうなビーカーやフラスコや奇妙な形をしたフラスコ等々。サイズはキャンプ用品ほどの簡易的な用具だそうです。
エリシアさんはこの場で木の枝を傷薬に変えてみせると、自信満々に元からパンパンの胸を更に張りました。
「まず溶媒液を用意してます。正直、簡単な錬金術なら作業の半分はこれで終わりです」
「物質の分解と結合を簡略化してくれる魔法の万能液、でしたっけ」
「ですです。約70年前の錬金術師であり魔法使いでもあったジョン・ケリー・オットーにより発明されました。解説は苦手なので端折りますが、魔力の力も借りることで都合の良い反応が起きるようになってます」
「だから錬金術師は魔法に感謝すべき。魔法がなければ錬金術の進歩は50年遅れていた」
「おや、錬金術に金属性を吸収された魔法が何を仰いますか。ほら、そんなこんなでもうすぐ完成しそうですよ」
エリシアさんとフーリエちゃんが会話している間に、溶媒液には菜箸ほどの長さの木の枝と小さじ半分にも満たない少量の治癒薬が投入されました。そして数秒間だけ火にかけただけで木の枝は薬草の匂いを染み込ませ、まるでシナモンのように変化。
木の枝の端から端まで薬効成分が染み込んでいるそうで、要は小さじ半分にも満たない薬が菜箸の大きさにまで増えたのです。質量保存の法則を超越する錬金術。
「錬金術は実際のところ魔術と混同されることが多く、接点も多かった故に境界が曖昧な部分があった」という比奈姉の言葉通りかもしれません。
「リラのお姉さんは錬金術も研究してるの?」
「私の心読みました? まぁそうですね、実験はしてないですけど文献を読んだりしてました」
「じゃあ古典派なんだね。最近は魔術と錬金術の両方から研究する人は少なくなってきたから」
「錬金術界隈だと逆なんですよね~。魔法を使えない人の受け皿にもなりえますし」
比奈姉が聞いたら目を輝かせて、次の朝日が昇るまで食い入りそうな話です。比奈姉にこの世界はどう見えているのでしょう。そして私のことも――今はそれだけが気がかりです。
「エリシアに姉妹とかいるの?」
フーリエちゃんがエリシアさんに話題を振りました。
「わたしはひとりっ子ですよ。たった10人しかいない小さな小さな名も無き村の、そのまたさらに2人しかいない10代のひとり。その子は9歳下の女の子で、妹みたいな存在ではありますが。こんな機会ですからわたしの生い立ちでも話しましょうか。わたしの村は――」
エリシアさんは寝る準備をするフーリエちゃんすら気にせずに語り始めました。
――――――――――――
ボルボという北国の北西部にある大森林、そこを流れる川沿いを切り開いた小さな小さな村がわたしの生まれ故郷です。人口が少ないから全員がひとつの家族のようで、全ては自給自足の生活。
錬金術師の母と猟師の父の間に生まれたわたしは、村にとって大きな幸福をだったと周囲の大人から毎日聞かされていました。子供が生まれたのは2年ぶりだったそうです。
学校がないので勉強は村の人から教わりました。生きる術として狩りや農作や料理も学び、そんな中で錬金術に興味を持ったのは8歳の頃。
村を厳しい寒さと外敵から守り、備蓄を増やして資源を有効活用する。自給自足に欠かせない錬金術師という役目と、村を支える母の姿に憧れを抱いたのです。
わたしの選択は母を含めた村の全員が歓迎してくれました。錬金術師の血を引くだけあって、それは期待の眼差しを向けられましたし、それに応えようと努力しました。自分で言うのもなんですが、地頭は悪くなかったので基本はすぐ習得しました。
確立されたレシピでも、品質を極めようとすれば何かがほんの僅か、縫い糸の細さ程度でも結果が大きく変わってしまう。
極めれば極めようとするほど、答えから遠ざかってしまうようにすら感じる複雑奇怪で答えの無い無限迷宮。果ては不老不死をもたらす賢者の石。好奇心旺盛だったというわたしにはピッタリだと誰もがうなづいたそうです。
そして当時のわたしは母と同じように村を錬金術で支えるんだと思ってました。村という家族の中で一生を過ごす。それがわたしの人生であり、自分自身も望む未来でした。平和で工夫すれば不便もなかったですし。
しかし、そんな考えが変わったのは15歳になった時でした。ある日、錬金術でも手に入らない鉱物を仕入れに街へ買い物を頼まれました。
トンネルのような長い森林の中を抜けるとそこは喧噪に包まれた別世界。五感の全てが新しくて未知で未体験。
他と比べたら小さな街ですが、わたしからすればその街は地球で更にその先は宇宙のように無限の広さに思えました。店を探すのも迷路のようで一苦労。まるで錬金術――
そんな訳で17歳の誕生日に故郷を離れ旅に出ました。錬金術の探求は世界の探求であり、逆もまた然り。いつかは店を開いて村に恩返しをすると決意しました。
――――――――――――
「とまぁこれがわたしの生い立ちと旅に出たキッカケです」
エリシアさんは誇らしげに胸をパッツパツに張りました。えぇ、確かに話は素晴らしくて共感できる内容でしたが、その見せつけるような姿勢には共感しかねますね。
思えば私の知る錬金術師もみんな太ももとか胸が大きいし、錬金術をすれば体型に恵まれたりさしるんでしょうか。いや例外が1人いましたね…………
「そんな立派な志も今やドンパチと化したか」
「起きて早々辛辣ですねフーリエさん。てか起きてたんですか」
「断片的に」
短く返答して起き上がり、ぐぐっと体を伸ばすフーリエちゃん。しかしどれだけ上体を反らしても断崖絶壁。フーリエちゃんはそれでいいんですけどね!!!!!
「今も店は開きたいと思ってますよ? 何にせよ資金が無ければ開けないですし、額も少なくないのでドンパチで稼ぐのが先決じゃないですか」
木の幹に寄りかかって木漏れ日を見上げるエリシアさん。整った顔にはまばらな陰影が落ち、初夏の風が白く長い髪を揺らします。
「ただ、わたしはお二人と出会って、またひとつ知ったのです。1人では見えない、知れない、感じられないことがあると。1人よりも世界が広く深く、更に選択肢も増えると。わたしにとっての最善の恩返しを3人の旅で見つけたいですね」
髪が白飛びしてしまうくらいの眩い笑顔をエリシアさんは浮かべました。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます