幕引き
店内は全ての窓の帳が下ろされ、物の輪郭が見える程度の光量しか残っていません。 私達が店を出た時には下ろしていないので、先客がいるのは明らかです。
「鍵はこちらが持ってる、というか一方的に押し付けられたはずなんだけど。合鍵をお持ちとはどういった了見?」
「便利屋にピッキングは必須スキルだよ」
一体何日ぶりでしょうか。奥から久々に聞いた声が木霊しました。
手に持ったランタンの明かりでぼんやりと浮かびあがる、金髪ストレートに透き通るような金色の瞳。その背後に銀髪ショートヘアーと同じく透き通るような薄水色の瞳。
姉のフィルトネさんと妹のメフィルトさんです。暫く姿を見せなかった私達の雇用主であり、そしてクラウンロイツ家のご令嬢姉妹。
「ご無沙汰しております。このような格好となってしまい申し訳ございません」
「秘密の会合のつもりならもっと適した場所があるでしょ。情報屋はいないの?」
「今日は丸一日、食材の仕入れに行かれるそうで後日にと連絡頂きました。表向きの顔を保つ為に飲食店の方も疎かにできないのは仕方ないことですね」
「そう」
フーリエちゃんは無味乾燥な相槌を返してどっかりとソファに座りました。不愉快な感情を隠そうとする気配は微塵もなく、しかし落ち着きを払った矛盾が同居しているような態度には、不気味さに似た言うに言われない雰囲気があります。
「この度は本当にありがとうございました。そして申し訳ありませんでした。貴女なら最初から全てをお伝えしていれば……」
「推測と憶測だけで勝手に期待を向けられるのには辟易するよ。誰も国やクラウンロイツ家の為に仕事してない。私はリラの提示した対価の為に動いただけだ。ひとつ聞ききたい。私達のことはどこまで知っている?」
つららのように冷たく射るような視線を向けました。声色は沈むように低く口調も強い。普段の柔和な表情とは一変して険悪な表情です。
店主姉妹に狼狽える様子はありませんが、その冷淡は物言いには場を支配するには十分すぎるほどの威圧感がありました。
「推測はありますが、完全なる確証があるとは言えません。なぜなら貴女の父上が公表している内容とは異なるからです」
「まだ国にいると。徹底的な情報統制をしてるということか。もうひとつ、なぜ初めからリラの姉の手紙を対価として出さなかったのか聞きたい」
「私が答えよう」
メフィルトさんが姉に代わって答えます。
「ハッキリ言ってしまえば実力を確認する為。通常の依頼をこなしてもらう中で判断力や魔法の実力などを軽くテストしていた。もし不合格なら対価としてではなく普通に渡していた。だが勘違いしないでほしい。リラが決して能力の低い人間だとは想定していない。だが一国の支配者を相手取る以上、本当の一般人を巻き込むことには慎重にならざるを得なかった」
「ならばなぜ私の洞察力に頼って丸投げした。依頼するなら状況説明も計画も全て提示するのが筋だろう。意図を推察して風向きが良くなるように動けなど、驕慢で放漫で支離滅裂だ。思想の擦り合わせの為と無理矢理に解釈しておいたけど、それだって私達がルーテシアの正体について調べる手順は不要。
とにかく何もかも大回りで無駄。時間稼ぎをしたいならそう指示すればいい。言葉足らずは負け戦……父の言葉だが、これだけは的を射ていると思うよ」
フーリエちゃんの指摘に店主姉妹は口を閉ざしてしまいました。
嫌っていた貴族、それもコルテの件とは違い近しい間柄でもない。私のためとして納得した上で彼女らの依頼を引き受けたと本人は話しますが、それでも気に障ったようなフーリエちゃんの様子は見ていて気分は良くないです。
普段なら少し茶々を入れて場を緩ませるエリシアさんも、どうしたらいいのか分からず気が揉めている様子で横目で私に視線を送ってきます。
少しの沈黙を挟んでフィルトネさんが口を開きました。
「クラウンロイツ家との繋がりを徹底的に隠すことで、店の従業員とはいえ各個人の意思と見せることで貴女達が他の国民からの信用が得やすく、そして貴女達がこちらの意図を汲んだ上で広告塔になる。それがこちら側の目論見でした。
一方で、あくまでポヴェアル伯爵の作意ですが、万が一の場合に貴女達を切り捨てる為でもあったのは事実。オートカー記者による報道がなされた際は特に……」
「だからそれすら伝えずに丸投げしたのが納得いかない。最初からハッキリと『貴女の頭で私達の作意を汲み取って下さい』と言われた方が次善だ。ルーテシアもそちらの思惑通り正義の旗印として拘束されずに済んだかもしれない。
私の主張が全て正しいかは知らないけど、そちらの策が間違いだったのは結果を見れば明らか。憎きセンチュリー家共々スタンレーの支配から手を引いたんだから。最も身内のマジェスタ辺境伯を後任に就くなら問題ないのかな?」
「フーリエちゃんもう止めにしましょう。もう終わったことです。後は比奈姉の手紙を貰うだけでいいですから……」
一瞬、私の感覚の中で時が止まりました。心に思っていても声に出そうとはしなかった、できなかった言葉が無自覚に声に出ていたのです。けれどフーリエちゃんが振り向いたのを見て安堵しました。本音を伝えられたと。
フーリエちゃんは呆気に取られたような表情をむけましたが、すぐに目尻を下げて普段の眠たげな緩い表情に変化しました。
「リラの言う通り少し熱くなりすぎたね。本音なのは間違いないけど。さ、出して」
「はいよ」
メフィルトさんから手渡されたシンプルな無地の封筒には、こちらの世界の文字で【モトヤマ・ヒナ】と記されています。
「私達はこの国を出るけど、公に街を歩いていいのかな? 」
「危害が与えられないよう役人には手回しはしている。でも国民には批判的な人々もいるから目立つような行動は避けるべき」
「それはどうも」
フーリエちゃんが私とエリシアさんに視線を送り荷物をまとめます。豪華な客室での寝泊まりも終わりです。ジャグジーもう1回だけ入りたかったな……
「あの、お詫びには到底及ばないですが良ければ貰って下さい。旅のお供として是非」
「腐ってもスタンレーは金属加工を軸として工業で栄えた国。職人が手作りした一級品に間違いは無い」
金属に皮が張られた重厚なケースの中にはランタンやナイフや釘に狩猟用の罠といった物から、フライパンや鍋に小さな折り畳み式の調理台のような調理用品。
さらにエリシアさんの空飛ぶ箒の動力源である
「こんなに頂きていいんですか」
「寧ろ足りないくらいですわ。クラウンロイツ家としても何かお礼が出来ればと思ったのですが、父上からの了承が得られず……」
「けれど、この期に及んで言うのもなんだけど、職人にお願いして提供して貰えたのは便利屋としてしっかり信頼を集めた証拠だよ。
最初に会った時に言った、自由を求めて便利屋を開業したのは嘘じゃない。父上から今回の件について話を聞いた時にチャンスだと思った。これを利用して狭い社交界から抜け出せるとね」
その言葉と瞳に嘘は見えません。平和で誰もが平等に安定した生活を営む世界で、彼女らは貴族の殻を脱ぎ捨てたかったのでしょう。それまでは貴族として国を変える使命を背負い、借り初めの自由を過ごしていた。
しかし結末は既知の通り。
「この店はどうするんです? もう閉店ですか?」
「まだ分かりません。勿論、許されるのなら続けたいのですが……」
「お淑やかな微笑みを向けられても何も言えないよ。それじゃそろそろ行くよ。ふかふかのベッドとジャグジー最高だったよ」
「お、お世話になりました!」
「ドンパチする時はわたしに連絡くださいね~!」
お互いに名残惜しさを表情に滲ませながら、姿が見えなくなるまで手を振り続けました。何だかんだで便利屋での仕事は楽しかったのかもしれません。スリリングで、推理して、各人の思惑が絡み合って……なんて平和ボケすぎますかね
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