歴史は新章へ

 スタンレーは時代の転換点を迎えました。それは350年余りに及ぶひとつの時代の終幕でもありました。


 行政区1番街にある宮殿の前には集まった人々による海が形成されていました。宮殿と同程度の敷地面積を誇る前庭はとっくに埋まり、敷地外にも見渡すばかりの群衆。果ては木の上に場所取りをする人も。私達と同じように。



「一体どれほどの数なんでしょうか」

「少なくともエリシアのように赤い顔でここに来てる人はいないね」

「酔ってませんよ! 酔ってたらここに登れてません!」

「静かにして。わざわざ変装して遠くから望遠鏡で見るなんて面倒なことやってるんだからさ」



 スタンレーを統治していたセンチュリー家当主、ザイント・センチュリー侯爵が殺害されたのは前々日のこと。宮殿の前に集まった一部の民衆が暴徒化し正門を爆破。 内部まで侵入した2人組によって襲撃されたのです。

 発端となったのは直前に号外として配られた新聞の一面にあります。


『【クラウンの掲示板】で盗聴器が発見される――クラウンロイツ令嬢姉妹が営む便利屋【クラウンの掲示板】にて盗聴器が仕掛けられていたのを従業員が発見した。魔力による調査の結果、センチュリー家が全面的に管轄している行政区2番街へ繋がっていることが判明。

 センチュリー家とクラウンロイツ家の対立に起因するものと見られており、「国民全員の家に盗聴器を仕掛けて統制する足掛かりにするつもりでは」と不安の声。どちらの正義が正しいか国民が問われる局面となっている』


 とまぁ他人事のようですが実際はほとんど私達が焚き付けたようなもの。盗聴器が仕掛けられていたのをチャンスと捉えて、よりクラウンロイツ側に味方が寄るように新聞社へタレコミしたのです。

 同じ紙面には【クラウンの掲示板】にザイント公爵お抱えの騎士団が突入したことも書かれており『センチュリー家はクラウンロイツ家とその関係者の粛清を企んでいる』とも。

 要は都合よく事が運ぶようにしたのです。良く言えばピンチをチャンスに変えた、悪く言えば後ろ盾を利用した、そんなところでしょうか。


 そして死の自由を掲げ【静寂従順な死神】として自殺代行の依頼を請け負っていたルーテシアさんは身柄を拘束されました。関わった全ての事件に対し容疑を認めていますが裁判はまだ行われていません。後任が決定して国が安定するまで投獄され、その後に裁判となるようです。



「最終的にクラウンロイツ家の思惑通り、センチュリー家を潰して自分らが上に立つという認識で合っているんでしょうか」

「そう簡単な話にはならなそうだよ。一応センチュリー家も継承権を持つ人物がいるし。

 ただ私から言わせて貰えると、この対立構造は健全じゃない。選ぶのは国民になるけど、ほとんどはこう思うはず。どちらの罪が小さいか、どちらが国民に不快な思いをさせたのか、と。

 本来の統治者選びというのは如何に国を発展させ如何に国民へ利益を還元させるか。そして如何に国を護るか。それが基準のはずなんだ。目先の都合良さで決められるべきではない。

 最も、そのような判断基準で選ばせているのかが両貴族なんだけども」

「あ、出てきましたよお2人とも」



 喝采と弾劾とが音圧として感じられるほどに広がりました。両脇に衛兵を抱え重厚な衣装に身を包んだ人物、ポヴェアル・クラウンロイツ伯爵が姿を現したのです。しかしフィルトネさんとメフィルトさんの姿は見えません。

 彼は慣れた様子で周囲を見渡し、まだ絶えずにいる国民の騒めきの中で声を発します。



「初めに全国民の皆様に謝罪します。大きな混乱を招き、不安に陥れたことを心よりお詫び申し上げます。国を纏め上げる立場として断じて許容されない行動だったと深く反省しております」



 伯爵が深々と頭を下げます。その間もヤジは飛び交いバルコニーに物を投げつける人もいました。



「我々は過ちを犯しました。たとえ故ザイント・センチュリー公爵による恐怖と抑圧の統治からの決別の為とはいえ、一切を伝達せず第三者の思想を利用して便宜を図ったのは事実。我々はその責任を取り、センチュリー家と共にスタンレーの統治を放棄することを、ここに公示致します」



 弾けたようなどよめきが上がりました。伯爵の発言通りこれまでの騒動を鑑みれば(私達も騒動に加わった身ですが)放棄は妥当でしょう。しかしスタンレーは建国されてから350年余りをセンチュリー家とクラウンロイツ家のみの統治に委ねてきたのです。統治という大きな事項であっても歴史はそれを常識範疇に組み込み、その中で過ごしてきた人々にとっては動揺が残るのでしょう。たとえ望んだ結だとしても、隅に残る変化への恐怖がそうさせてしまうのかもしれません。



「フーリエちゃんの言っていた通りですね」

「そのまま正式決定されそうだけどね。他国とは一線を画した技術革新を果たしたスタンレーには、そのノウハウに合わせた指揮が執れる人物でないと。センチュリー家の身内も入るんじゃないかな」

「確かに素人目からしてもスタンレーは特異ですね。一気に近代化が進んでます」

「近代化がどこを基準にしてるのか知らないけど時代が進んでるのは確か」



 と、純白の鳩が私達のいる木の枝に止まりました。くちばしには1通の封筒を咥えています。



「純白の伝書鳩、貴族御用達」

「宛名もスタンプもないですね」



 中を開けると予想通り店主姉妹の捺印が入った手紙が。



『この手紙が手元に届いた頃には事の全てが終わっていることでしょう。貴女方の想像通り、全ては初めから仕込まれていました。貴女方がスタンレーを訪れるよりもずっと以前、姉妹で便利屋を営み始めた頃から計略は張っていました。

 最初は国民の信頼を一気に集め世論をこちらに傾けるだけでしたが、ある時に静寂従順な死神の存在を知り彼女と干渉して交渉を持ち掛けた。理由は貴女方のご存じの通り。

 ほどなくしてコルテで事件で貴女方の存在を知り、言葉を濁さずに言えば〝使える〟と判断しました。見かけたら引き入れるようにと父から命が下り、あの出会いに繋がるのです。

 文面にて伝えられる事は以上です。後ほど【クラウンの掲示板】にて顔を合わせましょう』



 手紙を読み終えるとフーリエちゃんはどこにも目線を合わせず、呟くように「行くよ」とだけ発しました。

 ポヴェアル伯爵の演説中ですが、私は軽く手を叩いて箒を呼び出しました。そして箒は宙に浮かんだまま目の前に停止してくれます。

 飛び乗って、風の奥で流れる伯爵の声を感じながら【クラウンの掲示板】へと向かいました。

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