傲慢は終焉に
怒声と愉悦と安堵が入り混じった。ザイントが送り出した第二師団が、ポヴェアルの刺客に敗れたとの報告が上がったのだ。更にその刺客が第二師団を殺さずに無力化したことがザイントの顔面に青筋を立たせた。
「貴様はどれだけセンチュリー家を侮辱するのだ!! 貴族としての威厳も意志も無いのか!! 正々堂々と戦うのが礼儀であろうが卑怯者!!」
「おぉ恐ろしい。脅しを掛けられては話もできませんな」
「ポヴェアル、お前が当主に就いてからだクラウンロイツが我々に歯向かうようになったのは。所詮は首輪付き、主人に噛み付くなど言語道断なのだ……!! 躾が足らんようだなポヴェアル!!」
ポヴェアルはあからさまな溜め息を吐いて、彼の憤怒に満ちた顔へ皮肉交じりに哀れみの目を返す。そして外の喧騒に耳を向けて瞼を閉じ深呼吸する。
20番街に向かったという情報が入ってきた段階で王手を確信していたが、令嬢姉妹が拾ってきた旅人が第二師団を破ったことでその確信はより強固なものになった。とはいえ油断は禁物。最後を決めるのは国民なのだ。
「自らが置かれている状況がご理解頂けないのであれば話になりませんな。この宮殿の外に押し寄せる国民――この部屋からは見えませんが――について既に把握済みでしょう。ザイント公爵、貴族は信用が命です。貴方はそれを失っている。」
「殺人鬼を雇い民を殺した分際で何を言う。民を殺める貴族が平民の上に立つべき存在なのか? 潔白な人間を殺める権利が貴族にあるのか? 」
「だからそれは」
「ザイント公爵、間に割り込む無礼をお許し下さい。その件については、わたくしから論させて頂いても宜しいでしょうか」
ザイントはフィルトネに一瞬目をむいたがすぐに緊張を緩めた。所詮は子供の戯言でしかなく、未だ優勢だと高を括っている為の許しと横で聞いていたメフィルトは見ていた。
だがフィルトネは頭が回る。スタンレーへ入国する以前から目を付け、いざフーリエ達が転がり込んできてから事を大きく動かしたのは彼女だ。ポヴェアルと連絡を取り合ってこれまでの計画を練り上げた。
「わたくし達は未来を見据えています。時代の移り変わりと共に人間の内面、思想は変化してきました。今まで想像もしていなかった新しい法律や宗教、啓蒙などが現れるのは歴史が示す通りです。数で勝る国民にそれらで対抗される前に、我々はその先を行くもので支配すればいい。つまり我々から新しい思想を広めれば良いのです。――理解に苦しむその心情はお察しするところでございますが、かつての異国の貴族らもそうして頭を抱えたのです」
娘の言葉をポヴェアルか引き継ぐ。
「私は公爵に何度か提案を致しました。しかし相も変わらず権力と兵力での支配しか頭に無い、議題にすら挙げて頂けない。そうこうしている間に国民の不満は増すばかり。我々も没落など望んでおりません。どちらが正しいか、もうじき明らかとなるでしょう」
その言葉を待っていたかのようにセンチュリー家の報告係が新聞を持って部屋へ駆け込んできた。ノックもせず無断入室をした彼は、ザイントの叱咤もお構い無しに紙面を顔先に広げて見せる。
同時に正門の方向から爆発音が轟いた。飛び込んでくる怒号から衛兵と民衆の衝突が容易に把握できる。
「…………!!なんなんだ、これはどういう了見だ!!!」
「ザイント公爵これ以上は危険でございます! 民衆が公爵を出すよう要求し衛兵と衝突を!」
「黙れ!!! 兵を総動員して返り討ちにせよ! 躾をせよと伝えろ!!」
「結果が出たようですね。ザイント公爵、もう貴方は不要なのです。一国を統べる者に相応しくないと判断された。それだけの事でございます」
「黙れこの愚民共が!! このザイントによる施しをわすれたのか!! 誰のお陰でこの国が成り立っている!! 」
ザイントの激昂はピークに達した。彼にとって駒でしかない国民の反乱は、彼の自尊心に深い傷を刻み、理性の留め具を破壊するのに十分だった。
言葉にならない叫びをあげながら椅子とテーブルを蹴り上げ、部屋に飾られた剣を引き抜いて壁に突き刺す。獣の表情で無差別に暴れまわるその姿は森の魔物のようであった。
異変に気付いたセンチュリー家の兵士に取り押さえられたが、それでもなお振り払おうと抵抗し叫ぶ。その声はバルコニーにまで響いた。
「このザイント・センチュリーを裏切り逆らい貶すその所業は万死に値するッ!! 下衆共めが死んで平伏しろッ!! 朕こそが国家なのだッ!!!」
猛り狂うザイントを横目にポヴェアルの側近がひっそりと入室し耳打ちをする。
「伯爵、そろそろ退避を」
「分かった。出るよフィルトネ、メフィルト。怖いか?」
ふたりは首を振る。彼は強がりと捉えたが、令嬢姉妹にとっての不安の種は別にあった。だが今はそれを考えている場合ではない。
事が終わった国の姿はどう変わっているのか。真に国民から受け入れられるのか。そして旅人らに何を話そうか。わだかまりを抱えながら避難通路の扉をメフィルトが閉じる。
暴徒化した民衆の一人にザイントが殺害されたのは同時だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます