魔女帽子の下
「リラ、良くやった」
「やっぱ魔法は便利ですね~わたしの鉄球が役立ったようでなによりです!」
「これだけの被害があれば追ってこないでしょ。さっさと戻ろう。情報屋は無事?」
「
クールダウンの暇もなく兵士達が回復しないうちにその場から退散。店へ戻る道中でフーリエちゃんはやたらと私のことを褒めてくれました。
「魔法弾きが施された装甲を相手に、魔法を使いながらも物理で対処する作戦は100点だよ。防御を逆手に取った攻撃方法のうち、あの狭い環境下で行うにはリラの方法が確実だね」
「ちなみにフーリエちゃんはどんな方法を使ったんですか?」
「装甲の継目を狙った。そこなら魔法が効くから」
自分も相手も動きながら、一瞬の判断を見誤ったら終わりの状況で針に糸を通すような事をいとも簡単に成し遂げるフーリエちゃん。例えるならダーツの矢を50mの距離からラバーストラップの紐に通すくらいの難易度です。
「でも今回は相手の作戦が悪手すぎません? 」
「確かにその通りだね」
半分に分かれてはいたものの、横に3人並べる程度の狭い通路で10もの数を投入したのは過剰気味です。しかも鎧に身を包んでいてはは魔法使いと獣人には機動性で劣ります。私達の構成を把握していなかった可能性は低いですし、“ とりあえず強い部隊を投入した”雑な印象が否めません。
私なら軽装の騎士と弓兵を4人づつで編成し、半分に別れて挟み撃ちします。あくまで素人の考えですが。
「ザイント公爵の高慢さが全面に現れた布陣だったね。傲慢という言葉はお似合い」
「彼は魔法嫌いなんですか。コルテと敵対してますし」
「嫌いとは違うかも」
そこへ情報屋が割って入って説明を引き継ぎました。
「あの
「ボクも同意見だ。一方で師団には魔法使いがいないのは古来からの形式にこだわっているからだろう。騎士団は貴族の支配力の象徴だから」
「魔法使い対策の武器を作って第1師団で実験中らしけども、信用なんねよない? 程度こいでるんだべ」
「しょせんはハッタリだ。彼の内面と同じように」
警戒しあう関係だった情報屋とルーテシアさんで意見が一致し話が盛り上がっています。ですが私にとっては重要ではなく、音量は徐々にフェードアウト。フーリエちゃんにのみ意識が集中します。
「あ、あのフーリエちゃん……」
「ん? どうしたの」
「えっと、戦いが始まる前に行ってたことなんですけど」
「……あぁ」
察した瞬間に表情が曇りました。
フーリエちゃんが抱えている自己嫌悪。それを私は否定したかったのです。
もちろんフーリエちゃんは人間ですし、悲しみも悔しさも持ち合わせています。でも推しの浮かない顔というのは悲しいのです。笑っていてほしいと思うのがオタクの心情。
それなのに言葉にできなかった。フーリエちゃんと同じように過去に恐れてた……でも今なら……
「フーリエちゃんは汚い人間なんかじゃないです。まだ自覚してないようなので何回でも言いますけど、フーリエちゃんは仲間思いなんです。貴女の繰り広げる駆け引きが……いや、そうじゃなくて、思慮深いところが……貴族で培われた、違う! 違うって、貴族じゃない……」
ダメだ、あぁもう……! どうしてどうしてどうして! いつもいつもいつも口に出した途端に崩壊するんだ……!
何なんだ、何がしたいんだ自分は……!
「ふふふっ、励まそうとしながら自己嫌悪に陥らないでよ。何がしたいのかさっばり分からないでしょ」
「す、す、すい…………」
フーリエちゃんの正論が胸に突き刺さります。でも不思議と……痛くない。声色と同じように軽くて優しい、そんな感覚でした。
「あのね、自分の弱みは自分が痛い程理解している。理解しているから苦悩と苦難を伴う。だから仲間が必要なんだと、そう思わせたのはリラだよ」
「…………………………!!」
「リラはいつだって私の味方面をしてくれる。何時も嘘偽りの無い好意の言葉が、私には嬉しいんだよ。方向性が変だったりするけど……可愛いなんて社交界にいた頃は1回も言われたことなかったな。新鮮な感想だよ。エリシアもそうだけど褒めて貰えるのは純粋に嬉しい。社交界はどこまでいっても『出来て当然』の世界だから」
暖かい手が私の両手に触れました。その手は有無を言わさず手首を掴み引っ張りあげます。
フーリエちゃんが私を見上げています。憂いを帯びた瞳が痛いほど突き刺さり、目を背けたくなる。けれども、それを許さないのもまたフーリエちゃんの瞳でした。
「正直さ過去の自分とは決別できてないし、そもそも決別すべきなのかすら分からない。どう向き合い、折り合いを付けるべきか。
きっと母の死にもきっちり向き合えてないのかも。よく分からない変なプライドが邪魔してさ。そうやって悩んで嫌になって……またそうなったら、してほしいな」
フーリエちゃんが魔女帽子を取りました。そして私のすぐ真横に寄ってきました。
「その広い魔女帽子のつばの中に私を入れて。普段通りのリラの姿を横に、心を休ませてほしいなって」
「あ、あ、あ…………の…………」
頭が真っ白になって何も考えられません。辛うじて理解出来たのは、励ましのような告白、告白のような励ましの言葉を受けたということだけ。
フーリエちゃんの発した言葉の音だけが唯一知覚できて、他は初めから無かったように私の五感からは感じません。全身が石化したように体も動きません。石化の魔法をかけられてしまったのでしょうか。金縛りのように力を入れろと脳が命令しても反発するように筋肉は動かず。
「あれリラさん? 息が止まってるように動かないんですが? ほら動いてくださいこのリラさん、動けって言ってるんですよ!」
「うごっ、なんか結構な勢いで背中を突かれたのですが……」
「この手に限りますね」
どうやら私の硬直を解いた突きの正体はエリシアさんのようでした。
ふと後ろを振り向けば妙な好奇心の視線。情報屋からは「ただの友達なんだべかと思っちゃけど、こだに深い仲だったのかい」などと。
「フーリエちゃん……」
「自信を持てなんて軽々しくは言わないけど、肯定や評価の言葉を素直に飲み込むくらいはしなよ。お金もそう」
「リラさんは優しいですからね。誰かに敵意を向ける姿を見たことないですし」
「ありがとう……ございます……っ!」
「あ、つきましたよ! 店の裏庭に繋がるマンホールが!」
マンホールを登って地上。そこから見上げた先、霧の奥に隠れた楼閣で交わされるものは私には想像付きません。
ただひとつ、これが最終局面であることは誰もが感じ取っていました。
「私達が今やれることはやった。ちゃんと追い風に乗ってくれればね」
「成し遂げられたら、今までやってきたことも無罪になりますしね」
期待と不安をかき混ぜながら報告を待ちます。
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