一転、窮地

 今日も曇り空のスタンレーに号外が飛び交いました。紙面上には『静寂従順な死神の予告が成された』との文字が走ります。

 殺されたのはヒュースベルという人物。ルーテシアさんと同じ獣人で、獣人への制限が始まった半年前にセンチュリー家の屋敷での仕事を解雇された過去があります。

 一方でヒュースベル本人の自殺と主張する人々もいました。というのも犯行予告が出された日からヒュースベル宅には屋外は10人体制の警備が敷かれ、さらには寝室の中にまで見張りがついていたそうです。ひとりだけが住む小さな家には過剰すぎる、ヒュースベルは強い精神的苦痛に耐えかねて自殺したというのが彼らの主張でした。

 過激派も現れ見張りが殺したとして抗議活動を展開しています。



「実際はどうなんでしょうか。依頼者と手を組んでセンチュリー家が不利に傾くよう工作していた可能性もありますよね」

「寝室にも見張りがいたなら自殺だと思うよ。ルーテシアは身体能力は高くても魔法使いではないし」



 フーリエちゃんは目玉焼きトーストを食べながら傍らで今日の新聞を覗きます。

 たまに貴族らしい気品を感じる場面がありますが、今のフーリエちゃんは完全に昭和のお父さんです。解釈違いからの厄介オタクになりそう。



「うん、やっぱりルーテシアの犯行では無さそうだよ。家の周囲に8人、屋根の上にも2人いて、更に室内の各部屋に2人づつ警備がいる。こんな状況下で忍び込むのは私でも無理」

「それでも不自然じゃないですか? 自殺しないように常用薬や包丁やロープに至るまで徹底的に管理されていたんですよ?」

「常用薬の中に毒薬を忍び込ませたんでしょ。そもそも依頼を出したということは、事前にルーテシアと接触してるはず。告知も出したんだから警備が厳重になるのは必然。予め本人による自殺ができるようにも手段を残したと考えられるよ。さて国民の反応は如何に」



 と、噂をすれば本人が奥の部屋から顔を出しました。両目を隠すほどの長い藍色の髪と、頭から生えた小さな獣耳の人物の顔は無表情ですが悲哀の類の感情は感じられません。



「ヒュースベルは自分で死んだ。ボクが手を下す前に。それでいい。自分の握った刃で自らの命を貫くのが望ましい」

「反応はどう?」



 フーリエちゃんが簡潔に尋ねました。



「ボクが関わったと主張する人間は少ない。そしてそれは事実」

「それでも尚、センチュリー家は荒唐無稽と言い張るだろうね。小さな歪みが大きな揺らぎとなり、小さな火種が大きな炎に、小さなヒビが大きな亀裂に……向こうコルテも同じ。所詮は似た者同士か」

「ボクは違うと思う。コルテは差別をしない」

「同じだよ。コルテもまた魔法使いとそうでない人間の対立が生んだ事件だった。バランスを取れなかったんだ。まぁ取ろうとして間に合わないのと、初めから取ろうとしないのでは全然違うけどね。

 ともかく君のお陰で窮地は脱することができた。マイナスとマイナスを掛け合わせてプラスになるとはこのことだね」

「…………」



 彼女は口をつぐんだまま現場の方角へと遠い視線を向けました。

 よく見れば瞳孔が少し縦長で先端を覗かせる鋭い牙など、細かな部分では獣の構造なのが、ケモ耳と尻尾が飾りではないことを主張しています。

 今まで獣人とはいえ耳と尻尾以外の見た目は人間と一緒で、その先入観からよくあるケモ耳っ子くらいにしか思っていませんでした。彼女の銃と対峙した時でさえ気が付かなかったのですから、先入観がいかに強い影響を及ぼすか実感しました。


 と、またも情報屋が扉を勢いよく開け放って入ってきました。もう扉のHPは赤ゲージでしょう。



「クラウンロイツがセンチュリーに直接あぁだこうだしてんだと! 支配権の譲渡を提案してっとこだって、ってルーテシアいたんがい!」

「騒がしいな全く。白い錬金術師と同じくらいに大袈裟で騒がしい」

「なんか飛び火した気がするんですが」

「大袈裟じゃね本当のことだべ」

「その直談判はクラウンロイツから持ちかけたの?」

「んだ。してその場にあね様らもいるんだと!」



 フーリエちゃんはティーカップを口元で止め眉をひそめました。



「どうして? そういうの普通は当主のみで場が設けられるよね。ポヴェアル伯爵はまだ後継を2人に譲るほどに年老いてないし」

「実は支配権の譲渡に関する会談が行われる以外に情報が入ってこねんだ。いくつかスジを当たってみても中々に苦労してるみてだ」

「実行役として尋問を……」



 ルーテシアさんがポツリと漏らしました。不自然さを孕んでいるゆえに可能性が0と断定できないのが不安です。



「ルーテシア、君が匿われたのは殺め始めて何人目くらいだった?」



 傍から聞かなくても物騒な会話です。後にも先にも聞くことはないでしょう。



「尋問だとしたらそれこそセンチュリー家直属の捜査局が乗り出るだろうけどあの当主だからな……自らが持つ利権に関わるといつも首を突っ込む」

「側近だからこその指導、管理不足が指摘されるのを恐れてるかもしれねな」

「マズイです非常にマズイですよ皆さん!」



 突然エリシアさんの大声が飛んできました。首を向けるとエリシアさんはキャビネットの下にある飾りを剥がして床との隙間に手を突っ込んでいました。



「貴重なゴミでも見つけた?」

「違います! もっとマズイ物です! 今出すので見てもらえば分かりますから」



 そうして表に出されたのは金網で成形された半円球の物体でした。背面からは線が生えています。



「まさか盗聴器?」

「え!?」



 全員が息を呑みました。この場からは絶対に現れてはいけない物に動揺が隠せません。



「魔力を流してみる。行き先が分かるかも」

「も、もしかして店主姉妹が仕掛けてたり……その方が自然じゃないですか」

「……だと良かったんだけどね」



 その一言で空気が一瞬にして固まりました。つまり――



「センチュリー家に盗聴されている」

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