逃げてなお逆転の一手を

「動くな!! 大人しく降伏しろ!!」



 突然、防具を着込んだ兵士が部屋の中に入ってきました。憲兵に比べ派手な装飾と目立つ紋章。一目で近衛兵だと判断できました。彼らが突入してきた理由は既に理解できています。

 脳内が高速で逡巡します。強行突破するか、逃げるか、交渉するか、それぞれの選択肢の欠点は? その先は? 様々な選択肢が浮かんでは消えていきました。



「その獣人を渡して貰おう。そうすれば他の事は見逃してやる」



 その言葉から推し量るに私達のことも敵と見なしているようで、しかし近衛兵の向ける視線は全員が全員、彼らの言う獣人へと集まっていました。

 エリシアさんは臆することなく銃を構え、真っ向からの対立姿勢を見せながらフーリエちゃんが近衛兵らに問いました。



「どっから聞いてたの?」

「質問する権利は無い」



 分隊長と刻印された紋章を付けた兵士は食い気味に質問を返し、フーリエちゃんは諦めたように目を伏せて首を横に振りました。



「安全なカードを選んでる場合じゃなさそうだね。置き土産あげるよ」



 フーリエちゃんが手から何かを投げた瞬間に辺りは真っ白な煙に覆われました。近衛兵の怒声が響く中、「こっち!」との指示に従い一目散に裏口へ逃げ出しました

 出ると中庭のように囲まれた3メートル四方程度のスペースが現れ、地面に不格好にはめ込まれた扉があります。まさかそこから逃げるのでしょうか。



「これは建設途中の地下水道に繋がる扉。ルーテシアが街の行き来に使ってた通路でもある」

こだとここんなところあったのかい。どおりでルーテシアおったいたて聞かね訳だない」

「早く入ろう」



 蓋を開けて梯子を伝って降ります。深さは3メートルほどあるでしょうか。狭さも相まって高所恐怖症だと数字以上に怖く感じるかもしれません。

 降りた先では川のように水が流れ、その両脇を通路が走っていました。点検用の明かりも灯されていて、これならスタンレーの各地へ容易にアクセスできるのも腑に落ちます。トンネル状になっていて水音も足音も声も反響して耳に届きます。



「この水道は建設途中。地中にパイプを埋めて川から水を引いて流しているだけ」

「茶色に濁ってて落ち葉とかゴミもある。飲んだら死にそうな水質ですね」

「じゅる、ペェェェッ!!!!」

「言ってる傍から何をしてるんですか……」



 何をどう見ても飲めるワケ無い水をエリシアさんは口にして、そして吐き出していました。見ているこっちが気分悪くなりそうなんですが。



「いやぁつい興味本位でオエェェー!!!!」

「うわぁ…………」



 その場にいる全員がドン引き。まるで白目で嘔吐する鳥のアスキーアートのよう。いくら容姿端麗でも限界ってあるんですね。


「あ、拾った鉄球いります?」

「なんで急にそんな物を……いらないです」

「入れときますね」

「勝手に入れないでもらえます!?」

「オロロロロロッッッ」

「キッツ………………」



 そんなエリシアさんは放置して別の離れた区域まで移動します。



「どこへ向かう」

「20番街には繋がってる?」

「ある。こっちだ」

「フーリエちゃん。移動するのはいいですが、この先はどうするんですか。もう店には戻れないでしょうし」

「心配することはないよ。私の見立てでは近い間にセンチュリー家はクラウンロイツ家に取って代わられる」



 どうこと? と首を傾げると、箒に乗ったフーリエちゃんは2本指を立てて説明します。



「両家当主による直接交渉。ここまで来たということはクラウンロイツ家としては主権を奪う体裁ができたと見える。そうでなければ直接場を設ける、ましてや自分の娘を同席させることは絶対にしない。根回しも進んでるだろう」



 そして2本指を1本指にして言葉を繋げます。



「そしてもうひとつは……これからその最後のひと押しに行く」

「20番街っちゃ新聞屋か?」

「ご名答」

「そだことかい。悪知恵つうんだが転換が効くつうんだが。わが貴女を敵に回さなくてほんとよがった」

「新聞屋に行って何をするんですか?」



 いまいち腑に落ちない私に、フーリエちゃんは振り返りざまに顎を上げて見下すような仕草をしました。背が低いので見下ろせてないですが。



「物は言いよう、ってことだよ」

「オロロロロロロロロ」

「あの酒飲みにお灸据える為にもね」

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