フーリエちゃんの行動原理
「……………………眠れない」
深夜。なかなか寝付けずに悶々として、ついに我慢の限界を迎えて隣で寝るフーリエちゃんを抱きました。
……おや、いつもはしている囁くような寝息が聞こえません。もしかして、と思い小声て耳打ちしました。
「フーリエちゃん、起きてます?」
「ひゃっ、こそばゆいってもう……」
「ちょっと待って何その声は…………っ!!! えちょっと待って無理無理なんだけど……っっっ!!」
普段は絶対に聞けない跳ね上がった高い声、そこからいつものトーンへ下がりつつ油断とふにゃふにゃイントネーションの余韻と共にフェードアウト。
貴重も貴重、国宝級、いや世界文化遺産級に素晴らしき尊いかわいい最高なボイス。いやもう…………最高…………というか、何だろう……好き…………無理…………
「ねぇ、私を起こしておきながら昇天されても困るんだけど。起きろ、いや寝ろ。ほら、突っつくよ」
「痛い痛い痛い杖で側頭部をぐりぐりしないでぐだちゃいぃぃ〜……」
的確に痛いツボを突いてくるフーリエちゃんの攻撃に思わず涙目。でもフーリエちゃんなら許せちゃう…………っ!
「んで、何の了見で」
「どうしても眠れなくて……」
両手の人差し指をツンツン、あざとさアピール。
「催眠の魔法で眠らせられるけど」
「興味が無いと言えば嘘になりますが怖いので遠慮しときます。というのも考え事をしていたら目が覚めてしまって」
「寝る前は頭を空っぽにしないと熟睡できないよ」
「分かってますけど、気になってしまって」
「そんなに?」
ここで適当にぼかしても深堀りされることはなかったでしょう。しかし推しについて気になる部分があると頭から離れないのがオタク。
情報屋との会話で感じていたフーリエちゃんへの違和感……尋ねようか逡巡します。
「そんなに躊躇うほどなの? 私がどこのどんな貴族だったのか知りたくなった?」
「そ、それではないです。いや確かに気になりますけど、それは最後まで謎にしておきたいというか、今はまだネタバレを喰らいたくないと言いますか」
「私のことで釈然としないことでもある? 」
思わず布団に顔を埋めてしまいました。どう足掻いてもフーリエちゃんにはお見通しなのです。
私の悩みも疑問も、きっと手に取るように分かってしまうのでしょう。
別にやましいことでもない。察せられるのも時間の問題だと意を決して尋ねました。
「あ、あの、フーリエちゃんって良い意味で自己中心的じゃないですか。それなのに他人に判断を委ねることが多いな、って。だから不思議だな、て…………」
フーリエちゃんは、ふぅんと鼻息を漏らして視線を上に向けて考える仕草をしました。
顔のどこにも皺は寄っておらず、不快感が示されなかったことに少し安堵しました。
「例えるなら長いリードを持っているようなものだよ」
「長いリード?」
「基本的には他人任せにして、その人物が利益を持ち込んでくるのが理想。でも実際そうは問屋は卸さない。だから自分でリードを持つことで不利益な方向へ向かわないよう、いざという時は自分で方向修正できるようにしてる」
「宝箱を犬に探させるみたいな?」
「そんな感じ。人間は常に動く。追いかけながら制御するより、予めリードを付けた方が自分は動かずに制御できる。まぁリードをどう付けるかが難しいんだけど」
何度でも言いましょう。フーリエちゃんは凄いです。飄々として怠惰な態度に隠された本質は、フーリエちゃんを知っていれば知っているほどに底知れなさが増すのです。
気づかぬ内に手綱を握られていて、フーリエちゃんの意にそぐわなければその手綱を引っ張られ、その時に初めて掌の上で転がされていたと勘付く。錯覚ほど致命的で命取りなものはありません。
しかしフーリエちゃんを知っていれば知っているほど、懐が深くて、才色兼備で信任は厚い人柄の良さが見えるのです。
それらを裏付けるような言葉をフーリエちゃんは言葉を紡ぎました。
「抑圧するのは好きじゃないし、それは父がやっていた事であって、同じやり方をしたくない。私も屋敷のバルコニーから飛び立つ鳥を羨ましく思ったものさ」
「自由が好きなんですね」
「不自由は誰もが忌み嫌うものだよ。でも無秩序なのは避けなきゃいけない。そこのバランスは考えながらやってる」
フーリエちゃんに転がされるのも悪くはありません。もちろん、敵意を示さなければの話ですが、その前に掬われて掌コロコロなので問題外でしょう。
「なら私やエリシアさんはフーリエちゃんに縛られちゃってますね」
「逆だよ逆。自縛した縄を持たされてる」
「最初にリードを付けてきたのはフーリエちゃんですよ? 齧る脛だとか言って」
ちょっとあざとく、ぷっくり頬を膨らませてみました。新鮮な反応を期待したのですが、ぷいと寝返りをうたれて顔を背けられました。
「そのリードで自分を縛ったんでしょうが。もう私は寝る。おやすみ」
「しゅき〜〜」
後頭部から伝わる濃厚な香りにすっかり理性を奪われ、私はフーリエちゃんを抱きしめました。
ふわふわさらさらの髪の毛、華奢で小さく暖かい体、ネグリシェの上質なシルクの手触り、なんという至福に贅沢。これを独り占めできる私って幸せ者かも。
「ふふふ……一瞬で寝落ちできる寝付きの良さと深さが仇となりましたね…………抱き着かれてるのに気付いてない…………朝まで、なんなら昼まで離しませんからね…………」
フーリエちゃんという抱き枕により熟睡できましたが、翌日に普通に痛いお仕置を食らったのはまた別の話。
それもそれで良かったですけどね!
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