私なりの、覚悟

 一面を覆う灰色は月を隠し、重く暗く不気味に上空を漂っています。

 フーリエちゃん曰く、新月は月の魔力を受けられないために、魔法使いにとっては不吉な日とされているそうです。

 時刻も深夜近くになり、草木も寝静まって昼間の騒ぎも一時中断…………そう思っていました。



「大変だ大変だべ! センチュリーの屋敷の門が破られちった!」



 情報屋が血相を変えて店へ飛び込んできました。そろそろ扉のHPが心配です。



「護衛とどんちゃん騒ぎしてて、今は前庭で衝突してて、もしかすっと宮殿の中まで入られちまうかもしれね」

「人が寝てる時に来るな……時間を考えて時間を」

「寝ぼけてる場合じゃねべな!! クラウンロイツの方だって押し掛けてんだがら!」

「すぅ〜……すぅ〜……」

「ふん!!」



 ふて寝を決めるフーリエちゃんへ強烈なチョップを決める情報屋。私が見た限り、フーリエちゃんへ一発食らわせた唯一の人物になります。



おっかなくてこわくて気が気でね。おらだって貴族の内部情報集めるの命がけなんだ。警戒心がたんに足りない

「睡眠足りねば戦はできぬ……」

わがさあなた本当に姉さまらと同じなんかい?」

「元々はの話だから…………すぅすぅ」



 今度は完全に寝てしまいました。押しても引いても叩いても色っぽくしても無反応。



「リラさんがキスしたら起きるかもしれませんよ」

「ちょっと何言ってるか分からないです」

「ちょっといいかい? あんだらは、この先も付き合うんがい? なんぼいくら協力を迫らっちゃとしても、ほだごとこんなことまでしてみる義理はねぇべしたないでしょう



 情報屋が沈んだ声で問いかけてきました。数秒の言語解釈の間を置いて、確かに彼女から見れば、仲間といえど一般人の私とエリシアさんが安易に首を縦に振る案件ではないというのを理解しました。それに私の目的もまだ話してませんでした。



「私は生き別れの姉を探してるんです。3年前に突如として姿を消した姉を見つけるために旅をしています。だから元々あの店にお世話になってるのはそういう事情があるからなんです。そして姉が残した私宛の手紙を預かっているらしく、今回の事件の味方になってくれたらそれを渡してくれると」

「わたしは仲間のため、それだけです。リラさんやフーリエさんの思い、狙いならわたしは信じて付いていくだけです」



 情報屋は引っ掛かりがあるのか怪訝な顔を浮かべました。喉がつっかえたように口をもごもごと動かして言葉を選んでいました。



「あのない、わが貴女を否定するつもりはねぇんだけども、貴族ってのはうんと強くて、複雑で、難解で、繊細で、とにかく厄介なんだ。ほんとにちいっと少しだけでも間違っちゃ、そこで首切られっかもしれね。

 貴族は血筋、それから歴史、このふたつが重要なんだ。何百年とずぅと繋がってて、それを歴史が証明してんだ。歴史が証明してるから平民の家族のご先祖様だとかとかまるっきし全くもって違う。故に持ってる力も大きいから大勢で反旗を翻すことはあっても、貴族の中に潜り込んで画策しようなんて普通はしねんだ」

「でもフーリエさんは普通じゃないから直接依頼されたんですよ」

「フーリエはない。でもわが貴女は違うべ」



 言葉は釘を刺すように、目元は突き刺すように私とエリシアさんへ向けられました。



「貴族は強くて、複雑で、難解で、繊細で、厄介なんだ。上回る力で対抗できねなら簡単に首を切られる。あったけ温かいバターを切るようにない。

 おらはフーリエは大丈夫だと信じてっけども首を切られる覚悟はとうの昔にしてんだ。でなきゃこだこんな仕事やってね。貴族を掌握するてのは、そだことそういうことなんだ。わがさ貴女達はその覚悟があんのかい」



 首を切られる覚悟、想像はできても実感がありません。ですが確かな現実として情報屋は切っ先を触れさせてくるのです。まるで見えない剣を喉に突き立てられているように。

 命を引き換えにしてでも比奈姉に近づきたいか? 心では自信を持って肯定できるのに頭ではそれを押し留めてしまう。単刀直入に処刑という単語が怖いのです。



「わたしはありますよ」



 芯の通った声が鼓膜を震わせました。



「というか処刑されるなんて考えが無いので。前提が違うんですよ。初めから負けることを考えて勝負するなんてありえません。競争も対立も全員が勝ちに来てるんですから」



 笑ってる。空威張りでは決してない、自分達が勝つという絶対的で必然的な自信が表れでした。

 正しい者が勝利するのではない、勝利した者が正しくなる。勝利には相応の根拠が必ず付いてくるから。そうエリシアさんは主張します。



「わたしには小難しいことは分かりません。分からないからこそ対立する中で仲間の意見を信じるのは自然の流れじゃないですか? 第一、今回の件についてはこちら側にも何人か支持者はいるじゃないですか。少なくとも完全に間違ってることにはならないんですから。ねぇリラさん?」

「え、えぇ、そうです。姉のために命を賭ける覚悟はあります。ルーテシアさんと店主姉妹の思想には理解できますし、フーリエちゃんが付いてるなら心配することは少ないです」



 やっと本当の気持ちを外に出せました。エリシアさんの言葉に背中を押されようやく本当の覚悟を決めることができました。

 最初から負けることを考えないなんて脳筋すぎて浅い考えだと正直思ってましたが、信じて支持してくれる人がいてなお負けに怯える方がよっぽど浅い考えだと気付かされました。

 思い返せば、リスク管理を徹底するフーリエちゃんだって最悪の事態は想定しても、失敗に終わる想定はしていません。



「そうがい。そこまでいわっちゃ返す言葉はねぇ」



 目を閉じてゆっくりと深呼吸をして立ち上がります。そのまま部屋の扉を開けて納得した横顔を見せて去っていきました。



「やっと出ていったか」

「え、起きてたんですか」

「横で声を小さくもせずに会話されてたらそりゃ起きるよ。覚悟がどうとか大層な話をしてたね」

「それだけ事が大きいですし……」



 上半身を起こして背伸びをすれば、今度は下半身にかかった布団を枕代わりに前へ倒れ込むフーリエちゃん。ただでは起きない強い意志を感じる。



「情報屋は忠告のつもりだろうけど、意に介さなくていいよ。勝算があるなら死なない。死なないなら覚悟はいらない。一方で油断もしない。天才とはそういうもの」



 自信満々のキメ顔から一瞬にして寝顔へ変貌。天才には睡眠に関する癖が多いですが、どうやらフーリエちゃんにも当てはまるようです。

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