本家情報屋を手駒にするフーリエちゃんって一体…………

 夕食を食べ終えた宵の頃。入口のベルを鳴らして情報屋が訪ねてきました。



おばんですぅこんばんは。ルーテシアはいっがい? いなくたっても、わがさあなたにも用あるんだっぺけど」

「ルーテシアはまだいないよ。それで要件は?」

「わがさら、何か企んでねのか。外にこだこんな紙切れが張って、まさかお上様を脅すつもりか?」



 情報屋は少し青ざめた様子でフーリエちゃんに詰め寄りました。差し出した紙切れには「正解」との文字とクラウンロイツの記名が。フーリエちゃんはそれを一瞥するなり口角を上げて満足そうに鼻で笑いました。



「だって仕方ないじゃん。ここの姉妹にさせられた協力の本当の目的がセンチュリー家の追放だったんだもの。この店を去る時にも追及したら本当の目的は別にあると吐いた。内容は語らなかったけど、その目的ってやつに協力すると私達も引き下がれない事情があるし」

「センチュリー家が何しでかすか分かったもんでね。ずうっと強引にやってコルテは嫌いだっちっておっかね怖いことばっかだベな」

「実際どんな手段を用いて抑えてくるか確証はない。ただ、その敵対視してるコルテであんな事件が発生した以上は対話の場を設けてくれるか、武力に頼らない柔軟な対応をしてくれると思うけど」



 自分が座っている椅子のひじ掛けに両手を付くほど焦燥を見せる情報屋相手に、手のひらを振りながら沈着冷静に応えます。余裕綽々という言葉がこれほど似合う人間はいないでしょう。



なしてそだことどうしてそうと言えんの」

「知ってるからね」

「……やっぱし同じなんだべ? んだら【レヴェントン王国】あたりかい?」



 情報屋が生唾は飲みました。フーリエちゃんの正体となる貴族の名前が、情報屋のデータベース上に存在したのか。ただ普通に考えても、常人ではないのは誰の目からしても明らかです。普通の旅人の範疇に収まる人物ではありません。



「ご想像にお任せしてもらうと助かるよ。ただ、私が欲しい情報の対価として欲しいなら少しは考える」

「いや、いい。おめさんは敵に回したぐねから。それにおらだって、ここの店主とは深い付き合いだ。引き戻してくれるっつなら、なんぼでも協力するべさ。情報屋は人付き合いの商売だっぺ」

「ありがとう。けどもしも新聞にルーテシアの正体や店主姉妹との関係をすっぱ抜かれた場合は、私は関係者として素直にその事実を認める。個人的な感情として嘘はつきたくない」

「誤魔化すのも難しいべけども、大丈夫かい?」

「上手く風向きを操れればいいけど、最悪の場合はルーテシアの主張が全面的に受け入れられるのを祈るしかない。大丈夫だとは思うけど」

なしてそだにどうしてそう思うんだ」



 怪訝な顔を浮かべる情報屋に対し、フーリエちゃんはやっぱり飄々とした様子で答えます。

 しかし単に楽観的ではなく、むしろその逆であるのがフーリエちゃんの思考の捉えづらさに拍車を掛けるのです。態度と頭の中が一致しないので、どちらが本心なのか判別が付きにくい。



「マジェスタ伯爵。クラウンロイツ派の最大貴族。庇ってくれるはずだよ」

「でもマジェスタ家は6年前の不祥事から辺境伯になったべ」

「辺境でもあそこは事実上クラウンロイツ家の土地じゃん。名義上はアリスト家の管理地だったし」

「カールストン・アリスト。ポヴェアル伯爵の腹違いの弟か」

「ついでに援助も受けて着々と領地を広げてる。辺境伯になる前の人間は分家に行ってるし、力を取り戻そうとすれば簡単に戻る」

「そうすれば分家も自ずと付いてくる訳だない?」



 フーリエちゃんは「ん」とだけ返して紅茶に口をつけます。流し目で情報屋を見る姿は強者の風格すら漂っているよう。

 情報を制する者は戦を制すると言いますが、それ以上にフーリエちゃんの人心掌握に平伏するばかり。本人が語るように社交界で培われた洞察力は並大抵ではありません。情報屋すら出し抜く手腕は私から見ればチート級です。



「ホンモノの情報屋を手駒にしてしまうフーリエさんって本当に何者なんですか」

「伯爵レベルの大貴族だったり? エリシアさんはどこかの貴族が失踪した噂とか聞いてないんですか」

「いえ全く。失脚なら聞きますけど」

「【レヴェントン王国】とか言ってましたがどんな国なんですか」

「知らないんですか!? 世界でも指折りの王国ですよ。王族と貴族が支配する国として最も普遍的で伝統的な文化を持ち、レヴェントンと無関係の貴族は世界に存在しないなんてくらいに影響力の強い国家です」

「じゃあ店主姉妹はフーリエちゃんの正体を見抜いて協力を持ちかけてきた可能性が……?」

「十分にあり得ますよ。だって考えてくださいよ。コルテのおさと親密な時点で普通の貴族ではないでしょう」

 「なのにそれらしき噂も聞かない……謎が深まるばかり……」



 エリシアさんとヒソヒソ話をしていると、フーリエちゃんがこちらに体を向けました。歪みに歪んだ背骨が一気に伸びて痛みが走りましたが我慢。



「話がまとまったから2人にも話そう。そこにいるルーテシアも聞き耳だけは立てといてね」



 辺りを見回しても人影すら見当たりませんが、言われてみれば獣のような魔力を感じます。無理に顔を出させないところにフーリエちゃんの優しさも感じます



「基本的に情報屋が貴族内部の情報を収集して、それを元に私達の決める。とりあえず明日は取材に答えるから、それに対しての反応を見て次の行動に移ろう。公にも反応を返すだろうけどセンチュリー家との駆け引きの状況は把握しないとね。

 ルーテシアは依頼に関しては普段通りにやっていればいい。その中で必要な行動があればこちらから指示する。殺しの指示はもちろんしないけど、依頼者の中に特殊な経歴の人物がいたら教えてほしい」




 筋は決まりました。フーリエちゃん以外の3人はうなづき、もうひとりは壁を叩く音で賛成の意を示しました。

 ふと窓を見れば外は雨。無意識の集団心理か、しばらく雨音観賞会が続きました。数分して――特段キリのいい時間でもなく――情報屋は重い腰を上げるように立ち上がって店を去りました。些細な行動ひとつひとつに、いちいち理由なんて無いんです。


 情報屋が去って夕食の準備に取り掛かっていると、ひょっこりと藍色の長い前髪とケモ耳が現れました。もちろんルーテシアさんです。お腹が空いたのかと尋ねると小さく首を動かして肯定しました。本当に見た目では少し幼いケモ耳少女にしか見えないのですから、いかに見た目で人は判断できないかを痛感させられます。

 今日のメインメニューはラタトゥイユ。玉ねぎ、ナス、ピーマン、ズッキーニをワインと香草で煮た料理です。ネズミのシェフが主人公のアニメ映画で登場した料理と言えば伝わります?

 人間というのは本能に逆らえないもので、料理を食卓に並べると、つい数十秒前に湧いた大きな揺さぶりですら食欲に丸め込まれてしまうのです。



「エリシアって意外と料理上手いね」

「作ったのはエリシアなのか。意外と美味しい」

「意外とはなんですか。ってかあなたは殺し屋でしょうに良くそんな物言いを……」

「大雑把な料理するのか勝手に思ってましたけど、しっかり分量を量ったりしてましたね」

「錬金術と似たところありますからね」



 確かに錬金術も料理も、材料を混ぜて煮込んだり焼いたり火加減を調整したり共通点は多いですね。もしかしてお菓子作りも得意だったりするのでしょうか。今度作ってみてほしいです。

 食事を終えた後、思い出したようにフーリエちゃんが新聞の山から今日の新聞を取りました。広げるとフーリエちゃんの小さな体は新聞の後ろにすっぽりと隠れてしまいます。かわいいなぁ愛らしいなぁ。



「コルテが獣人への支援に乗り出したらしい。完全に狙ってるよね」



 覗いてみると、コルタヌ六芒星の秘書官が発表したコメントとして『豊かな産業と技術は人々の幸福の元に育まれる。煙に巻かれては未来は見えない』と明らかにスタンレーを意識したコメントがありました。

 一方でスタンレー側も規制強化に対して『差別ではなく必要な区別だ。古きに巻かれては未来は見通せない』と反発。衝突が起きていないのが不思議になるほどの対抗姿勢です。



「ほぼ隣同士なのに真逆なんですね、コルテとスタンレー」

「あれ、まだスタンレーの成り立ちについて話してなかったけ。元々スタンレーはコルテから独立した国家なんだよ。コルタヌ六芒星の補助として複数の貴族が各地区の管理をしていたのだけど、センチュリー家が長と政策について意見が衝突して、最後は傘下にあったクラウンロイツ家と共に独立した。必ず魔法は時代遅れのゴミになる、なんて当時の当主が吐き捨てたものだから、コルテもキレて未来永劫に和解も謝罪も受け入れないって」

「地雷踏んじゃってるじゃないですか……」



 そんな悪評に追い打ちをかけるようにルーテシアさんが不満を漏らします。



「ただ金と労働力を巻き上げることしか考えていないんだ。上空を覆う煙と水蒸気は、人々の嘆きの成れの果てだ。ずっと漂って影を落とし続けている」

「要するに私達は運が悪かった。市民の不満が溜まり溜まった時期に来てしまって、貴族が営む店で居候することになって、殺人事件に巻き込まれて…………私もこんなになるとは予想だにしてなかった」

「すいません、私が箒をぶつけてしまったがために…………」

「もう過ぎたことだよ。今は目の前の問題を早期に片付けるのが最優先」




 フーリエちゃんはそう慰めてくれますが、それでも元凶であるのは変わりないし、でもあのアクシデントがなければ比奈姉の情報も無かっただろうし……

 しかし考えても現実が変わるわけでもなく。魚の小骨のように刺さる不安を飲み込んで明日へ備えたのでした。

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