取材されるのは何気に初めてかもしれません
「初めまして。今日はお忙しい中、お時間を頂きましてありがとうございます。記者のオートカーと申します」
名刺を渡された瞬間、フーリエちゃんの眉が吊り上がりました。以前話していた社交界でも名前が挙がるほどの有名記者が私達の元へ訪れたのです。
今日は新聞の取材日。私達が住み込みで働くようになった便利屋【クラウンの掲示板】その店主姉妹をいるべき場所へ連れ戻す作戦。その第一幕が開けます。
「それではインタビューを始めさせて頂きたいと思ます。宜しくお願い致します」
「よろしく」
記者は礼儀正しく頭を下げ、メモ帳を片手にテーブルの向かい側に座りました。
「単刀直入にお聞きします。フィルトネさんとメフィルトさんは店を畳まれたのですか?」
「あくまで休業という認識でいる。その姉妹は突然、捜査局へ引き抜かれた。クラウンロイツ本家からの呼び出しと言っていた。時期が時期だけに【静寂従順な死神】が関わっているのは間違いない」
「以前から死神について調査をされていたのですか?」
「いいや。関わってなかったらしい。ただ今回については別件の調査から偶然、死神の関与が疑われる事件へと発展してしまった」
「居住区35番街【陰通り】での事件ですか?」
「そう」
フーリエちゃんは淡々と回答していきます。こなれた様子で淀みなく言葉が出てくるのは流石。私はその場にいるだけでガチガチに緊張しているというのに……
ここでの回答が後の運命を大きく左右のです。何せ抱えてる秘密が爆弾と表現しても差し支えないほどに大きすぎる。バレないように、しかし【静寂従順な死神】を引き合いに出しながら敵対関係にあるセンチュリー家に揺さぶりを掛ける。
一方で相手は社交界での話題を取り扱う凄腕の記者。高度な心理戦になります。
「【クラウンの掲示板】についてクラウンロイツ家当主は無関係であり、干渉はしないと述べていました。今になってお二人を指名した理由についてご存知ですか?」
「明確には分からない。だが苗字はそのままである以上、完全に無関係だと切ることはできないだろう。それに厄介事に巻き込まれる可能性しかない便利屋。意図があると考える方が自然でしょ」
「ではクラウンロイツ伯爵令嬢の下で働いているフーリエさんは、どのような意図があると推測されますか」
「順当に考えてセンチュリー家絡みだと思うよ。両家は対立気味だし、この国の現状も決して健全とは言えない。実際に店主姉妹――と私達は呼ばせて頂いてる――は現状を変えたいと言っていた。それと死神がどう繋がるのかが疑問なんだけど」
「【静寂従順な死神】は一説によれば〝死の解放〟を求めて殺人を行っていると囁かれています。死によって生活に苦しむ人々を救おうとの思想のようですが、それらとの繋がりはあると思いますか」
「流石に無いでしょ。しかも一説であって本人がそう示したわけじゃないんだから。しかも店主姉妹は 引き抜かれたんだよ? 捜査局はセンチュリー家の管轄。仮に繋がりがあったら黙っちゃいないと思うけど」
あくまで死神については白を切ります。フーリエちゃんは真実のみを語ると言っていましたが、
記者の反応は上々で、大スクープの予感に期待を寄せているのが、手帳に走らせるペンの速度から容易に想像がつきます。
「最近のクラウンロイツ家の動向について話されていたことは?」
「私の知る限りは無いかな。2人はどう?」
フーリエちゃんが私とエリシアさんの方へ顔を向けます。
「いえ、私は何も」
「リラさんと同じくです」
記者は不満足げに鼻息を漏らしました。
フーリエちゃんは感情を少し大袈裟に表現しています。いつもの飄々さを保ちつつも、身振り手振りを交えて語ります。
人によって態度は変わるものですが、フーリエちゃんの場合はイメージ操作のように思えます。傍で受け答えを見ていると、普段何千回と見ているぐうたらな姿が虚構になっていく錯覚に陥るほどです。
と、ここでフーリエちゃんが攻めに入りました。
「逆に質問してもいいかな。店主姉妹は本当はどこにいる? 業務連絡の為に捜査局を訪れたんだけど、『そんな事は知らない』と門前払いを受けたんだよね。伝言も受け付けてくれなくて、まるで捜査局に本人はいないかのようだった。本当はどこにいるの?」
「そうですね、個人的な見立てとしては既に屋敷に戻られているか、センチュリー家による尋問を……」
「やっぱり手の届かない場所にいるか。そりゃそうか」
「何かされるのですか?」
記者はピタリとペンを止め、疑心を浮かべた顔を上げました。そうなるのも仕方ないでしょう。フーリエちゃんの態度は一般人の貴族に対しての態度とは違います。
権力に臆しない姿は非常に鈍感か、肝が座っているか、あるいは特別な立場にいる人間のように映るでしょう。実際、特別な立場にいるのですが。
「雇われの身として雇い主が店に戻ってほしいの一言に尽きるよ。事実、店主姉妹とは平民と貴族の関係ではなく、雇用関係にある。まぁどちらにせよ、私達は下の立場だから上の人間の問題が解決しないと身動きが取れない。報酬だって貰えないしね」
証拠として店の鍵を記者の目線へ掲げます。上質なレザーのキーホルダーには【クラウンの掲示板】と金の装飾が輝きます。
記者はそれをじっと無表情で見つめます。反応も相槌もなく少し不気味に映ります。
そして最後の質問が投げかけられました。
「最後に、皆さんは今後どうされるおつもりなのか聞かせて頂けますか」
「情報を集める。彼女らが今どんな状態で何をしているのかそれを知りたい。情報を集める中でどうにか接触できる手段がないか探るよ」
「なるほど……では取材は以上になります。お忙しいところありがとうございました」
「誠意ある記事になることを願っているよ」
記者が一礼し店を後にするのと同時に、一気に緊張の糸が切れて力が抜けます。横たわればソファのふかふかの感触が、憂目からの解放を実感させてくれます。
「だぁぁ〜疲れましたぁ緊張したぁ〜」
「リラは何もしてないでしょ。私が全部やったんだから感謝してほしいな」
「フーリエちゃんしゅきぃ!」
「抱きつく程に同情するなら食べ物とか魔導書くれ」
あ゙あ゙あ゙あ゙っ゙ジト目最高!
「とりあえず私達が今できることはもう終わってしまった。今後はルーテシアの動きと世間の反応次第。今日には行動を起こすと言っていたけど」
フーリエちゃんの予想通り、翌日に静寂従順な死神は挑発とも取れる大胆な行動に出ました。
それは新聞の一面を飾り、そして今回のインタビューも同時に新聞に掲載され、結果として出された見出しは――
『クラウンロイツ家と静寂従順な死神の関係。裏で共謀疑惑』
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