交錯する思惑

「なるほど、大体分かった。店主姉妹は、いやクラウンロイツ家はルーテシアの思想をキッカケに貧富の差などの国に蔓延る諸問題を釣り上げるつもりなんだ。そしてセンチュリー家から主権を奪い取るつもりだね? 」

「……合っている」

「貴族から大事件を焚き付けて世間を大きく揺るがせば国民の不満も吹き出してくる。一方で私達に協力を求めながら肝心のルーテシアには伝えなかった理由は、互いの思想の擦り合わせの為だろう」

「思想の擦り合わせ?」



 フーリエちゃんは頷きます。もう非情さも冷淡さもありません。普段通りの洞察力を発揮する時のフーリエちゃんの姿に戻っています。



「死の自由という思想はあまりにも新しすぎるんだ。『死とは何か?』という命題の答えを求めても、死の自由の領域にまで提唱も議論もされなかった。良くも悪くも大きな衝撃を与えるのは間違いない。まだそこまでは公表してないんでしょ?」



 ルーテシアさんはコクリと頷きます。



「私達に思想の擦り合わせを求めているんだ。擦り合わせを怠れば必ずどこかで対立し、作戦が空中分解してしまうから」

「だからフーリエちゃんには先に仄めかすような言動をしていたんですね」

「私は肯定も否定もしない。実際に決めるのは国民だけど、先に行動を起こす身としては先に立場を明らかにしないとね」



 フーリエちゃんは私とエリシアさんに視線を変えました。言わんとしてることは理解できます。今回は国家の政略に深く関わる問題です。

 その本質となるのは答えの無い問。答えは無くともそれぞれの考え方がある。『死の自由』は善か悪か。明確な悪が相手だったコルテの事件とは性質が全く違うのです。それでも解決に導かねばならない理由がある以上、私だけは絶対に引き下がれないのです。



「私は賛成です。生による苦痛を理解できるから死ぬのは絶対ダメなんて言えないし、その人なりの最期もあると思うんです。哀しいだけじゃない最期もあるのを知りましたから」

「リラさんの意見も一理あると思います。特に龍民族での一件、ヘルムさんの最期は彼女の本望であり、龍民族としての使命を果たしてドラゴンとの和解にも繋がりましたから。ですがわたしは死は恐れるものだと思います。いつ訪れるか分からない死は何よりも苦しい。何よりわたしは錬金術師です。不老不死の力をも秘める賢者の石の生成が使命である錬金術師として、死の苦しみが生の苦しみを上回るのは……えっと、その、良くない! あまり良くないんです!」



 肯定2、否定1、中立1の結果になりました。しかし別れたからと敵対する必要はありません。

 答えの無い問なのだから重要なのは反対意見を受け入れること。最終的に決めるのは国民であり今の私達は意見の共存が求められる――とフーリエちゃん。



「ま、私としてはこちら側の利益になれば結果はどうだっていいんだけどね。リラのお姉さんが宛てたという手紙が目的であって、失敗しても最後にそれがリラの手に渡ればそれで良し」

「まるで傭兵だな」

「傭兵に限らずでしょ。目的の為に必要な仕事をこなす。目的が金か名声か、或いはもっと違う何かか。そうやって人間は社会ってのを成長させんだ。で、まだ耳を隠すの?」



 思わず私もエリシアさんも自分の耳を触りましたが、無論違います。ルーテシアさんの髪の毛がもぞもぞとうごめくと、狼のような耳が現れました。



「獣人だったのですか!?」

「そういうことだったんですね。獣人への規制を強めるとの記事も出ていましたから」



 いつの日にか見た『圧政が加速するか。獣人への規制強化を検討開始』という新聞の見出し。規制強化、つまり元から規制はあったのでしょう。



「獣人は耳と尻尾を隠すように命令されている。破れば逮捕される。センチュリーは獣人を下等生物としか思ってない」

「単純にセンチュリー家がクズなだけじゃないですか。わざわざ回りくどいことしなくても、打倒センチュリー家で攻めればいい話な気がしますよ」



 確かにエリシアさんの言う通りです。思想の話を持ち出さなくても国民の不満を集めてセンチュリー家にぶつければ、よりシンプルにクラウンロイツ家の目的が果たせるはずです。

 しかし、そうは問屋は卸さない理由があるとフーリエちゃんは言います。



「センチュリー家がスタンレーとして国を独立させて350年余。その間ずっとセンチュリー家が国を統治していた。350年余で築いた基盤は、クラウンロイツ家の力――元々がそこまで大きくないし――でもそう簡単に崩れないんだよ。国全体を揺るがし国外にも影響を与える大事件が発生しなければね」

「死の自由を旗印とした殺人事件……確かに国外にまで伝わりそうです」

「でしょ? そこに紐付けられた貧富の格差と獣人への非道な規制の問題。センチュリー家に投げつけるには十分な大きさと重量だよ」



 フーリエちゃんは頭が回るだけでなく説明も上手いんですよね。確か頭の良さと説明の上手さには相関関係があったような……エリシアさんもすんなりと理解できた様子で、なるほどと相槌を打っています。


 一旦まとめましょう。

 スタンレーの現状は、センチュリー家による実質的な独裁で国民の間で貧富の差は広がり、更に獣人への差別が強まっており国民は苦しい生活を強いられている。その現状を打破するために、センチュリー家の側近であるクラウンロイツ家はセンチュリー家から主権を奪うべく『静寂従順な死神』と協力することに。

『静寂従順な死神』は貧しい生活から生きることの苦しみを経験し、〝死の自由〟という思想を掲げ依頼者の希望に沿った最期を迎える補助をしている。

 クラウンロイツ家は『静寂従順な死神』の思想をキッカケに国に蔓延る諸問題を釣り上げると同時に、全く新しい思想である〝死の自由〟を掲げた事件は国内外に大きな衝撃を与える。それにより長いセンチュリー家の独裁の牙城を崩す作戦。



「最終確認するよ。クラウンロイツ家の策略に乗るのは?」



 私もエリシアさんも手を上げました。



「私は比奈姉のためなら何だってやります」

「難しい話はわたしには分かりませんけど、とりあえずセンチュリー家というのが悪人なんですね? なら滅ぼしましょう!」



 フーリエちゃんも納得したようで、早速明日の行動を決めるために今日の新聞を取り出しました

 紙面を開くと『オートカー記者に聞く、支配貴族の現状と未来』という大きな見出しが目に飛び込んできます。



「このオートカーって記者は社交界でも名前が出てくるほどに有名で、とある貴族の親戚とも噂されてる程の情報通。その証拠に普通なら掴めないであろう情報まで釣り上げるし、本人の言う情報筋からの証言が偽りだったことが一度も無い」



 その場にいる全員がフーリエちゃんの持つ新聞を覗き込みました。

『クラウンロイツ家のボヴェアル伯爵はセンチュリー家との決別を望んでいる』そんな小見出しから始まり、【クラウンの掲示板】を通じてクラウンロイツ家の立場を明確にし、市民の支持を得ることで独立した地位に就くことを目論んでいるとの評。

 同時にセンチュリー家に対しては依然として友好的な態度を貫いており、完全には踏み切れる状態ではないと指摘。圧政が強まる中で起爆剤に着火されるのをクラウンロイツ家は期待している――



「店を明け渡された直後にいくつか取材の依頼が来たよね? とても取材なんて受けられる状態じゃなくて、全部断ってたから忘れてるかもだけど、その中にオートカー記者による依頼もあった。つまり取材を受けて国民とセンチュリー家に揺さぶりを掛けよう」

「まさか死神と手を組んでると公表するつもりですか!?」

「私個人しては真実のみを話したいけど、そこまで踏み込むつもりは無い。クラウンロイツ家がセンチュリー家を喰らう為に動き始めたって程度に留める。国民にとっても興味を惹く話題になるし、それをキッカケに行動を起こす者も現れるかもしれない」



 いつの時代でもメディアによる影響力は大きいようです。第三者によって不特定多数に発信される政治ニュースほど国にとって不都合なものはないでしょう。独裁国家がメディアを制限する理由もうなづけます。



「でも、もしバレたらどうするんだ」



 と、『静寂従順な死神』ことルーテシアさんが不安を滲ませました。実際それが一番の懸念材料です。

 もちろんフーリエちゃんもそこは考えているようです、


「その時は逆転させていく。死神によってクラウンロイツが国民の意見に耳を傾けてくれた、苦しみ藻掻く国民を救うために動くキッカケになったと。無理はあるけど、こちらからできる精一杯の言い換えだよ。あとはクラウンロイツ家の対応によるとしか」

「分かった。こちらも善処する」



 敵対心むき出しだった姿はどこへやら。牙は抜かれずともすっかりこちら側に心を許していました。ケモ耳少女ねぇ……

 作戦の詳細も決まり、ルーテシアさんは今夜も依頼があるということで場は解散となりました。



「最後に言っていいか」

「どうしたの」



 ルーテシアさんはシルクハットを深く被り、薄暗い中に瞳を光らせて言葉を紡ぎました。



「不幸だけが死じゃない。寿命に縋って病に苦しむ最期より、人生に満足したその時に命を終わらせるのも幸せの在り方だ」



 彼女は跳躍で壁を越えて姿を消しました。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る