第7話 なぜ他の人を選ばずに、私を選んだのですか

 部屋に戻るのと同時にフーリエちゃんは目覚めました。寝起きで目はとろんと下がり、意識は半分夢の世界でした。かわいいですね。

 


「んあ……あれ、蛇はどうしたの」

「ふふふ、私が冒険者の皆さんと共に倒しました!」



 全力ダブルピースでフーリエちゃんに自慢しちゃいます。あんなとてつもなく巨大なバケモノに果敢に挑み、初戦で白星をあげられたのは褒められるべきだと思うのですが!



「素材は回収した? ギルドに報告した?」

「えっ、と、その……ええ〜…………」

「どうして回収して報告しないのさ。あれだけの大きさなら、かなりの稼ぎが期待できたのに」

「だ、だって、冒険者から話しかけられたんですもん! 私達のパーティに入らないか、とか言われて、そんな勧誘は逃げるに決まってます!」

「呆れた。冒険者にトラウマでもあるの?」

「いくら何でも、誰彼構わずに全く話せなくなったり、逃げ出したくなる訳ではないです。その時の状況によって、同じ相手でもキョドり方は違うんです!」



 フーリエちゃんに呆れ顔されてしまいましたが、これには深~い訳があるんです。


 どんな場面、どんな人物に対しても声が出なくなるほどのコミュ障もいれば、普通に話せるけど会話を全く噛み合わせられないコミュ障もいます。

 私は初対面や怖い人にめっちゃキョドりますが、慣れた人だと普通に話せます。異世界に来て、もしフーリエちゃんに出会わなければ一生キョドり続けながら店にも入れず、道端で餓死していたことでしょう。



「でも勧誘は確実に逃げます! 強引な手段を使って、誰彼構わず押し付けてくるのですから! 絶対に引かない無駄に硬い精神力に、思わず納得してしまいそうになる無駄に高い説得力! 騙される前に逃げるが勝ちです!」



 思わず熱く反論してしまいました。コミュ障にはコミュ障なりにプライドがあるんです。




 …………でも、なぜフーリエちゃんは私を選んだのでしょうか。

 フーリエちゃんは旅の資金を他人に稼がせる、超絶ウルトラスーパー自堕落旅を望んでいます。だとするなら”かじる脛”は、命令を素直に聞いて戦闘力もあって労働力になる人が条件になるはず。

 にも関わらず、なぜ貧弱でコミュ障で戦闘経験無し金無しの私を選んだのでしょうか。

 薄々感じていた疑問を、唾を飲み込んでフーリエちゃんにぶつけました。


 

「あの……フーリエちゃんはどうして私を選んだのですか。見ての通り私はフーリエちゃんにとって楽になるどころか、苦になる存在だと思うんです。さっきの戦いもそうですし……」



 フーリエちゃんはベッドの上であくびをして、もう一回寝たいと言わんばかりの表情で答えました。



「確かにリラは損得で比べれば損になる。けれど本質はそこじゃない。今の私は行く当ても帰る当ても無い空っぽな旅人だけど、空っぽの中に風が吹いて、心地よくて楽だなって感じるんだ。リラと出会って、なんとなく面白くなりそうだなって」

「面白く……?」

「深い意味はないよ。直感でそう思っただけ。それに」



 フーリエちゃんは言葉を切ると、今までの眠そうな顔から柔らかく優しい笑顔に変えて、続きを口にしました。



「リラが魔法を目にした瞬間の、光悦に満ちた表情が嬉しくてさ。私が魔法使いを志した時と同じだった。魔法は強くあれ、万能であれ、美しくあれ、夢であれ。母の言っていた魔法の姿を私は体現できたんだなって思ったら嬉しくなってさ。私にとってリラはただの労働者じゃない、仲間だよ。同じ魔法に憧れ夢見た同志。まぁ働いて貰うけど」



 フーリエちゃんは言い終わって満足げに微笑むと、そのまま布団に潜って寝息を立ててしまいました。



 えええなにこれナニコレ何此なにこれ!?!? 初めて湧き上がる感情!? 心がすっと軽くなったと同時に、得体の知れないクソデカ感情が襲い掛かってきます!!! ヤバイ、私の心壊れた。

 

 落ち着け私。素数を数えて、いや水でも飲んでリラックスしましょう。幸いにも水の入ったポッドがサイドテーブルにありました。



 「んっ、んっ、んっ、ぷはぁ……お水助かる」



 心が落ち着いたところでフーリエちゃんの言葉を反芻します。

 

『今の私は行く当ても、帰る当ても無い空っぽな放浪者。でもそれが心地よくて楽だなって感じるんだ』


 大切なお母さんは亡くなり、父親からは酷い扱いを受けて、慣れ親しんだ場所を出た。加えてフーリエちゃんは位の高い家の出身と言っていました。社会的立場の保証された身分から、身寄りの無い無保証の身分へ逆転。


 壮絶な過去を持つフーリエちゃんに私は不釣り合いだと、心の底で思っていたのです。

 私も姉と生き別れた身ではありますが、だから余計に一緒は相応しくない。表面では大丈夫と笑い合いながらも、裏では可哀想などと気を遣う、爛れた関係になってしまうから。でも――



『リラが魔法を目にした瞬間の、光悦に満ちた表情が嬉しくてさ。私が魔法使いを志した時と同じだった』

『魔法は強くあれ、万能であれ、美しくあれ、夢であれ。母の言っていた魔法の姿を私は体現できたんだなって思ったら嬉しくなったんだ』

『私にとってリラはただの労働者じゃない、仲間だよ。同じ魔法に憧れ夢見た同志』


 

 ――先ほどの言葉を聞いて安心しました。フーリエちゃんは今を楽しんでいる。フーリエちゃんにとっての“空っぽ”は自由の証であり、私に資金を稼がせるつもりでいる限りは、その想いに応えようと本心から決意できました。

 何より、フーリエちゃんは私を同志と言ってくれました! 同志なんて、オタクにとっては感極まるくらいに嬉しいお言葉ですよ!

 比奈姉ひなねえの与えてくれた魔法という夢が、こんな最高の出会いを繋いでくれるなんて。やっぱり魔法って素敵だね、比奈姉。


 同志とあらば、誠心誠意フーリエちゃんに貢ぐのみ! フーリエちゃんが向けてくれた気持ち、何一つとして無駄にはしません!



「ふああぁぁ、なんだか私も眠くなってきた……」



 戦闘で魔力を消費した影響もあるのでしょう、普段より眠気が来るのが早いです。今日買ったばかりのパジャマに着替えて、ベッドへダイブです。



「おやすみなさいフーリエちゃん。明日もよろしくお願いします」



 フーリエちゃんの安らかな寝顔を拝みつつ、寝床につきました。

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