第5話 フーリエちゃんの過去

 街の時計台の針が真上を指しています。ちょうどお昼時、お腹が空きましたね。



「あっ、あそこのパンおいしそうです!」



 芳醇な香りに誘われ屋台でパンを購入しました。お値段はバケットが5個で50マイカ。安くて助かります。



「折角だから見晴らし良い所で食べない?」

「見晴らしの良い所というと、あの高台とか? でもかなり距離あるようですが」

「違う違う。もっと楽に行けて最高なロケーションがあるじゃないか」



 私が首をかしげると、フーリエちゃんは指をパチンと鳴らしました。



「さ、掴まって」

「え?」



 後ろを振り向いたフーリエちゃんの視線の先には、どこからともなくやって来た箒がひとつ。腕を掴まれた私は、フーリエちゃんが軽く跳ねた直後に空を舞い上がりました。

 そう、空飛ぶ箒に乗ったのです。どうやら箒を呼び出して飛び乗るのがフーリエちゃんのスタイルのようです。カッコよすぎかよ…………っ!


 眼下に広がるのはカリーナの街並み。なるほど、確かに最高のロケーションです。



「どう? 空飛びながらパンをかじるのも乙なものでしょ?」



 満面の笑みで全力でドヤるフーリエちゃん。そうするには充分な光景が真下には広がってました。



「魔法使いの特権ですね」



 私は眼下に広がる街の景色と、どこまでも広がる青い空を糧にパンをいただきました。

 空中という制限の無い場所はとてもゆっくり、優雅に時が流れているように感じました。







 ……この雰囲気の中であの質問をぶつけるのはTPOがなっていないでしょうか。しかしどうしても気になります。行動を共にしていれば、遅かれ早かれ真相を知ることにはなるでしょうが……

 ううっでも気になる! 失礼なのは百も承知ですが気になって意識が散ってしまう! 縁を早々に切られるのを覚悟で私は疑問をぶつけました。



「あっ、あのっ、フーリエちゃんは何で家出したんですか? あ、いや、答えたくないならいいんですけど、単に気になっただけというか……失礼だったら申し訳無いです……」

「私が家出した理由ねぇ。縛られたくなかったから、かな」

「……縛られたくなかった?」

「私は貴族の生まれなんだ。元々は国立の魔法学校に通ってて、母と同じ魔法使いを志してた。でもある日、父の意向で騎士団に無理やり編入させられた。父は魔法より武力派だったからね。私は騎士団なんてまっぴらごめんだから、訓練をこっそり抜けて母に魔法を教わっていたんだけど……」



 フーリエちゃんは一旦言葉を区切りました。涙を飲んだかのような表情に見えましたが、調子は変わらないまま話を続けました。



「2年前に、父の圧力が原因で母が自殺した。父はまるで邪魔者がいなくなったと言わんばかりに、私を訓練漬けの日々にさせた。自室と訓練場の往復しか許されなくて地獄だったよね。それでも魔法を独学で学び続けて、自分でも誇れるくらいの実力が身について、ようやく逃げ出せた。もう縛られなくていいんだって考えたら気が抜けてさ、働くとかめんどくせーってなったよね」



 ……私は何も返せませんでした。私には荷が重すぎる質問でした。フーリエちゃんの暗い過去を暴露させたようで罪悪感でいっぱいです。

 


 「あ、あの、ごめんなさい……」



 私は謝罪はとても小さい声でした。本当はもっとハッキリと謝るつもりだったのに、口に出せば蚊のようでした。

 それでもフーリエちゃんは聞き取ってくれて「気にしないで」と言ってくれたのです。



「しがらみから解き放たれた分、今のほうが幸せだよ。だからリラは私の過去なんて気にしてないで、私の為に資金を調達してくれればいいの」



 フーリエちゃんはそう言って、優しい笑顔を向けてくれました。本当にフーリエちゃんは慈悲深い方です……そう言われてしまったら私も頑張るしかないでしょう。奴隷でも何とでも言ってきやがれです。





 そんな空の快適な時間は過ぎ、互いにパンを食べ終えようとした時、突然轟音が鳴り響きました。



「な、何!? 地震!?」

「あらら。こりゃ面倒なことになったね」



 いたって落ち着いたフーリエちゃんの視線の先には、わぁびっくり巨大なバケモノがいました。門の高さをゆうに超える、形容するなら黒鱗の蛇です。あの日、人類は思い出したやつだ。

 バケモノは巨大な体をうねらせこちらに向かってきます。まだ少し遠いですが門を超えて街に入られたらひとたまりもありません。街の人々は逃げ惑い、ギルドからは冒険者が次々と門の外へと向かって行きます。



「なるほど、地震の原因は黒鱗蛇こくりんじゃだったか」

「どどどどうしますかフーリエちゃん!?」

「あとは任せた」

「はい?」

「箒消すよ」



 ポンッと消える箒。

 スッと落ちる2人。



「あばばばばばばばばばばば」

「ほらほら早く箒出さないと」

「ど、どうやってですか!?」

「手を振って、えいっと」

「ううっ、えい!」



 フーリエちゃんが一体何をしたいのかサッパリですが、悠長にしてられないので言われた通り箒を出して乗りました。私はフーリエちゃんのように芸術的な方法はできません。

 今度は私が前でフーリエちゃんが後ろ。要は私に箒を飛ばさせたかったようです。



「あとはよろしく頼む。逃げるのも挑むのも君次第」

「何をどうしろと!?」

「それは自分で考えたら? 言ったでしょ、私は他人にしがみつくって」



 鬼畜すぎる。でもせっかく得た魔法を試したい気持ちも事実です。



「仕方ない、いっちょやりますか!」



 私は箒に魔力をこめ、思い切り箒を飛ばしました。初めての戦闘、張り切っていこーー!!!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る