第2話 この世界に姉がいるって、本当ですか?

 部屋に重い空気が流れています。面識の無い人と一緒の部屋に泊めてくださいなど、渋谷のハロウィンでドンチャン騒ぎする連中でも言わないと思います。…………いや言いますね、絶対。


 魔法使いさんは何も言わずに隣のベッドに座って本を読んでいます。ずっと真顔ですが内心ではどう思ってるかは想像に難くありません。


 もう死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい。


 魔法使いさんの顔をチラッと伺うと、ぱったり目が会いました。

 なにか言いたげな表情を読み取った私は、一体どんな言葉を投げつけられるのかと身構えましたが、出てきたのは予想外の言葉でした。



「ご飯食べる?」

「あっ、あ、えっ?」



 幻聴……ではないですよね?





 言われるがままに連れられ、ギルド内の食堂へ向かう私。

 なぜか周りが見えませんが視力が落ちたのでしょうか。確かに私はメガネが無いと何も見えなくなりますが、今はレンズ越しでも見えません。

 窓際の二人席に案内されて魔法使いさんと対面しました。



「言っとくけど、もう何とも思ってないよ。確かに最初は驚いたけど、怪しい感じじゃないし考えるの面倒になった」

「あの、本当にすいませんでした!」

「ご飯奢ってくれたら許す」

「もちろん奢らさせていただきます!」



 ああなんと慈悲に溢れた人なんでしょうか。まさしく天使、いや容姿も天使です。かわいい。すき。


 あ、いや待て、奢ると言いましたが財布ありましたっけ。ポケットを漁るとありました愛用の財布。

 中身を確認すると、ご丁寧に前世での所持金がこちらの世界のお金になっていました。1万マイカの刻印がある金貨ひとつに、500マイカの刻印の銀貨が2枚。

 確か1万2000円が入っていたはずなので、刻印の通り金貨1個が1万円、銀貨1個が1000円の計算になりますね。シンプルで助かる。



「あっ、申し遅れた。私はグレ…………んんっ、フーリエ・マセラティ。見ての通り魔法使いだよ。今は家出をして放浪してる」

「フ、フーリエさん。可愛らしい名前ですね」

「でしょ? ついでに私は天才だから」



 フーリエさんは無い胸を張り、ドヤ顔で自らを天才と称しました。

 家出というワードが引っかかりますが、それはそれとして自信満々な性格もかわいいですね。推しポイント無限大かよこの美少女。



「あっ、私はモトヤマ・リラと言います。よろしくお願いしますフーリエさん」

「よろしく。あと呼び捨てでいいし敬語使わなくていいよ。こっちがやりづらい」

「い、いやでも初対面ですし……」

「面識無い人と一緒の部屋で寝ようとしたド変態の話を街中に流そうか?」

「よろしくねフーリエちゃん!」



 先程の重苦しい雰囲気はどこへやら、気づけば互いに笑顔を見せていました。他人と食事をしながら談笑なんていつぶりでしょう、下手したらこれが人生初かも。

 ちなみに食事は互いにボロネーゼとスープのセット。知らない間にフーリエちゃんが注文してくれていた様です。得体の知れない魔物の屍じゃなくてよかった。



「リラは魔法学校の生徒なの?」

「いえ、私は旅の魔法使いを目指す普通の人間です」

「旅人を目指してるって珍しいね……」



 喋りながらも顔色を変えずにボロネーゼを頬張るフーリエちゃん。見れば見るほどかわいさが増してきます。

 天使、いや妖精? 背が低いし。恐らく140センチもないでしょう。最高。推し最高。



「魔法とか火器を扱ったことは」

「全く」

「そんな気はしてたけど……無謀だね」



 ごもっともです。

 するとフーリエちゃんはフォークを置くと「モトヤマリラ……」と小さく呟き、私の顔をじっと覗き込んできました。

 家族とも目をマトモに合わせられないほどのコミュ障にそれは危険すぎますやめてください色んな意味で死んじゃう。



「あの、私に何か……?」

「リラの顔、どこかで見たことあるような」

「そ、そうなんですか? でも似た人は世界に3人は存在すると言いますし……」

「それもあるけど、名前も似てた」

「それは……っ! どんな名前でしたか」

「聞き間違いじゃなければ、モトヤマ・ヒナと名乗っていた」

「……っ!!!」



 瞬間、世界が止まったような感覚に襲われました。体が硬直して、瞳孔が開いているのが自分でも分かります。

 …………本当にそんなことがあるのでしょうか。とても信じられません。



「どんな見た目でしたか!? 場所は!?」

「お、落ち着いて身を乗り出さないで。見たのが1ヶ月くらい前だから記憶が曖昧だけど……魔法の聖地【コルテ】でモトヤマ・ヒナと名乗る人がいたんだ。髪はセミロングくらいで薄めの茶色。身長はリラより頭ひとつ分くらい高くて、フード付きのケープを羽織ってた」



 疑惑は半ば確証に変わりました。髪型も身長も一致しています。まさか、そんな事が起こりえるなんて。



「……リラと関係がありそうだね?」

「………………はい。モトヤマヒナは、私の姉の名前です。3年前に行方不明になって、それっきりです」



 本山比奈、比奈姉ひなねえは高校からの帰り道で行方不明になりました。目撃情報も、物的証拠も、防犯カメラの映像すら記録されずに消えたのです。

 張り紙やマスコミを使って情報提供を呼びかけましたが、目撃情報が寄せられることはありませんでした。警察の捜査も翌年に打ち切られ、戸籍上は死亡扱いになりました。



「ずっとずっと、心がぽっかり開いていました。当たり前だった日常が前触れなく突然消えたのですから。これが百歩譲って殺人なら、犯人を憎んで比奈姉の死を飲み込めたかもしれませんが…………行方不明は一番辛いです。生きてるか否か分からないまま、ただ存在だけが消えるのですから」



 比奈姉がいない世界は空虚で、つまらないものでした。私にとって比奈姉は夢そのものなのです。天才で、ロマンを追い求める人で、一時期は本気で異世界へ行く方法を模索していたほどです。

 私が魔法に憧れを抱いたのも、比奈姉が読んでくれたファンタジー小説がキッカケでした。周りから廚二病と揶揄されても、自分の夢をひたすらに追い求める背中を、私は見守っていたかった。比奈姉の夢が、コミュ障で臆病な私に勇気をくれるバフだったから。比奈姉が今の私を形作ってくれたから!


 だから探さないと。微かな望みで、困難な道かもしれない。それでも――


『姉妹はいつでもどこでも、一緒にいるものでしょ?』


 比奈姉の言葉は嘘じゃないから。



「絶対に比奈姉はいる。世界のどこかでロマンに目を輝かせながら。そして私も、空想じゃないと信じて魔法を追い求めれば、いつか比奈姉が応えてくれると信じて。そうやって空虚な心を埋めて生きてきたんです」

「…………なら旅の目的は決まりだね?」



 上目遣いで、少しにやけた表情でフーリエちゃんが尋ねてきました。



「探さないと…………っ、私の……比奈姉を!」



 いてもたってもいられません。比奈姉を探さなければ!



「一緒に探してあげようか」

「へ?」



 反射反応的に勢いよく立ち上がろうとしたものですから、フーリエちゃんの発言で思わずバランスを崩してしまいました。



「私は目的も無くフラついてるだけだから、そうやって目的のある人にくっついて放浪するのも悪くないかなって」

「わ、私は構いませんが……でも魔法使えないんですよ?」

「じゃあ明日教えてあげようか? 」

「え、マジですか」

「マジ。その代わり旅の資金は君が調達して。私はなるべく動きたくないからねー。可能な限り他人にしがみついていたいのさ」



 なるほどぐうたら系でしたか。嫌いじゃない、むしろフェイバリットです。



「でも本当にいいんですか? 人見知り極めすぎて労働なんて全くの未経験ですよ?」

「大丈夫。人と関わらないでやれる仕事もあるから。魔物退治とか」

「なるほど。それなら受諾と報告だけですから、魔法を覚えればできそうです」



 全くの予想外ですが、フーリエちゃんの二人旅が決定しました。

 しかし本当にフーリエちゃんはかわいいですね。私より少し背が小さい魔法使いでぐうたらな性格。声も容姿も性格も、全てが最高。この世に存在する言葉ではフーリエちゃんを表現できません!



「でさ、敬語はやめて」



 フーリエちゃんの一言で、私のお花畑な脳内が現実に戻されました。



「慣れるまで敬語使わせて下さいお願いします……」

「はぁぁぁ〜……じゃ、せめてさん付けはしないで」

「もう心の中ではちゃん付けですフーリエちゃん!」

「私はどんな顔をすればいいか分からないよ」



 誤魔化すように視線を逸らすと、紺色の空には紫色の月が浮かんでいました。

 なんだかラノベの主人公になった気分。オタクなら一度は妄想するやつが現実となってしまいました。最高か? いや最高でしょ。

 神様仏様フーリエ様、どうか異世界生活を平穏無事に過ごせますよう祝福を――!!!!!!!!

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