13話  私の騎士団に入団してください

セシリアはカーバンを止めようと思っていた。


いくらイブニアが平民父親の娘とはいえ、彼女は母親である女王から正式に認められた王女。


たかが護衛騎士ごときが侮辱していい身分じゃない。だから、セシリアは直ちに戦いを止めて、カーバンをおおやけいましめるつもりだったけど。


次の瞬間、カーバンは何故か壁にぶち込まれたまま、無様に倒れていた。


そして、その前には見たこともないほど冷たい目つきをしているケイニスがいて。



『……あの忠誠心』



その後に彼が見せてくれた実力を、彼女は絶対に忘れないだろう。


それほど、ケイニスの実力は衝撃的だった。同年代では他者の追随を許さないカーバンがたった一度も反撃できず、正にてのひらで弄ばれていたのだ。


そして、最後に呟いた彼の言葉。イブニアに対する忠誠心と尊敬が滲み出ている、賛美の言葉。


それから繋がる、イブニアの行動。ケイニスの頬に手を添えて、愛する者に親愛を送るようなあの眼差し……。



『……ああ』



それを見て、セシリアの中で真っ先に浮かんだ感情は他でもない、羨ましさだった。


王女の肩書を背負いながらも、あんなにも気を許せる人がいるなんて。


あんなにも愛し合うことができるなんて、羨ましくて羨ましくて、たまらない。


たぶん、自分は絶対にその感覚を味わえないだろう。



『……でも』



心からの忠誠なんて要らない。


私が欲しがるのは肩書と、次期王女としての上っ面だけだ。セシリアは自分にそう言い聞かせながら、鏡の前に立っている自分を見つめる。


パーティーもそろそろ終わる頃で、時間もちょうど秘密話をするのにふさわしい夜。


セシリアは王室の接見室で、一人身のままケイニスを待っていた。


もちろん、今回の騒ぎを起こしたケイニスに責任を問うためだった。



「王女様、ケイニス・デスカールです」

「……入ってください」



門を開けて入って来たのは、いつになく気まずそうにしている年頃の少年だった。


この純白そうに見える少年があのカーバンをあんなにも冷酷に潰していたなんて、今も信じられない。


セシリアはソファーに腰かけた後、ケイニスを見上げた。



「座ってください」

「……はい」



ケイニスは緊張しながらも、ふかふかなソファーに腰かけた……が。


その緊張は、今からどんな処罰を受けるのかに対する期待感から生み出されたもの。


そう、この男は絶世の美女、セシリアを見てもなんとも思っていないのである。


むしろ、今度こそクビになるんじゃないかとドキドキしているくらいだった。



「よくも、貴族たちの前で私の護衛騎士を懲らしめてくれましたね」

「申し訳ございません」

「謝罪で済むことだとお思いですか?ケイニス、あなたの行動はカーバンだけじゃなく、私の顔にも泥を塗ったようなものなんですよ?あんなに野蛮やばんな形でカーバンを踏みにじるなんて!」

「くっ……!申し訳ございません、セシリア様。どんな罰でも甘んじて受け入れる所存です!」

「………どんな罰でもって、言いましたよね?」

「はい!」



さぁ、早く騎士の権限を剝奪して自分を田舎に―――と願っていたケイニスだったが。


そんな願いは、秒で壊れてしまった。



「じゃ、私が率いる騎士団に入団してください」

「…………………………………………………………はい?」

「イブニアの護衛騎士をやめて、私の騎士団に入団しなさいと言っています」



………いや、なんで?


なんで、本当になんで!?予想外の事態に、ケイニスは必死に頭を捻り始めた。


どういう状況だ、これ。なんでセシリアルートに入っている?どこで気に入られた?全く見当がつかないんだが!?



「ど、どうしてそのような処置を……?」

「なにを言っているのです?私の誕生日パーティーで私の名誉を汚したのはあなたですから、当然あなたが責任を取るべきだと思いますが」

「くっ……!」



ケイニスはもう一度沈黙しながら、どう返事したらいいのかを必死に考え始めた。


そして、10秒も経たずに彼は首を振った。



「申し訳ございませんが、セシリア様。その処罰だけは受け入れられません」

「……っ!何故ですか?」

「私のこの身は、イブニア様に従属じゅうぞくされているからです!」



首を振って放たれた言葉に、セシリアの目が驚愕に見開かれる。



「な、何故……?イブニアはなんの力もないのに?イブニアが王座につく確率はゼロに近いんですよ?私の妹の、第2王女のクロリアよりも可能性がないんですよ!?あなたのその選択は単なる才能の持ち腐れってことを、ちゃんと分かってますか!?」

「だとしても、絶対にイブニア様から離れるわけにはいきません!!」



もちろん、これは別にイブニアのことが大好きだからではない。


幼馴染としては大好きだけど、女としてはちょっと……癖が強すぎると言うか、変態が過ぎると言うか、頭がおかしいというか、色々ヤバい子だから。


だからといっても、やっぱりイブニアが苦しむ姿は見たくないし、王女としてちゃんとした自負を持って生きて欲しいのだ。


もちろん、セシリアがイブニア以上にヤバい女だから、というのも理由の一つではあるが。



「っ……それが嫌なら!!」



そして、前世でイブニアよりもヤバい女だとコメントされていたセシリアは歯を食いしばって、ケイニスに人差し指を向けた。



「私の誕生日パーティーを台無しにした罰として、あなたを護衛騎士の座を剝奪します!!それでも本当にいいんですか!?」

「もちろんいいですとも。ありがとうございます!!」

「………え?」

「?」



はてなマークが乱舞した数秒が経って、ケイニスはようやく自分の間違いに気付く。そっか、本音が漏れ出てしまったか。


対して全く見当外れな返事を受けてしまったセシリアは、ぐぬぬと拳を震わせるだけだった。



「わ、私の騎士になるのがそんなに嫌なんですか……!?護衛騎士の座を簡単に諦めちゃうくらいに!?」

「えっ、違いますよ?ちょっ、セシリア様……?」

「そんなにも、イブニアのことが好きなんですか!?!?」



ちょっと待って、今聞き捨てられない言葉が聞えたんだが?



「や、やっぱりあの噂は本当だったんですね!!離宮にいる第3王女の寝室には毎晩、はしたない喘ぎ声が聞えるという噂が!!あなたはきっと、イブニアと毎晩情事にふけているのでしょう!違いますか!?」

「違いますよ!?ていうか、どこ情報ですかそれ!?」

「とぼけても無駄です!!もう周知の事実ですから!!イブニアがあなたを愛していることも、あなたがイブニアを愛していることも!!」



ケイニスは気を失いそうになった。あんなどぎついセクハラのどこが、恋人の情事に見えたんだ?


ケイニスは泡を吹こうとする体を落ち着かせながら、セシリアに目を向ける。



「誤解です、セシリア様!私はイブニア様と決してそのような関係ではございません!」

「なら、私の騎士団に入団してください!それも嫌だったらあなたをクビにします!」

「ありがとうございます!」

「やっぱり大好きじゃないですか、イブニアのことが!!!!」



いくら次期女王候補、冷酷な政治家と呼ばれても所詮は16歳の少女。


そう、セシリアもまた、年頃の女の子のように愛に飢えている麗しい乙女である。


だから、イブニアとケイニスに関するロマンチックな噂も彼女はよく知っているのだ。


彼女もまた、恋に恋する乙女だから。


セシリアも内心、護衛騎士と結婚した自分の母親のようになりたいと思っていて。


そんな愛を実現しているイブニアに対して、たまらない嫉妬を抱いているのである。



「………くっ、ケイニス・デスカール!」

「は、はい……」

「絶対に、何があっても!あなたを私のモノにして見せます」



OH………神よ、助けてください。どうして俺にこんな酷い試練を与えるのですか。


ケイニスの心の叫びは届かず、セシリアは言葉を続けて行く。



「お金と権力であなたを買って、護衛騎士と王女の愛なんか叶いっこないって、証明して見せますから!」

「言うこと最悪だな~この王女」

「は?今なんて言いました!?」

「えっと、クビにしてくださるという話は………」

「できるわけないじゃないですか!お母様が任命した護衛騎士の資格を私がどうにかできるわけありません!」

「………………………………」



なら最初から言うなよ……ちょっと期待したじゃんか!


込み上がってくる涙を抑えながら、ケイニスはぶるぶると体を震わせた。


次の瞬間、セシリアの冷たい声が響く。



「出て行ってください。あなたに対する処罰はお母様と相談した後に、お母様が決めるでしょう。せいぜい首を洗って待っていてください」

「……かしこまりました」

「……………」

「セシリア様」



部屋を出て行く前に、ケイニスは落ち着いた声を発しながら、直ちに腰を曲げた。



「せっかくの誕生日パーティーに騒ぎを起こしてしまったこと、心からお詫び申し上げます。先ほど申した通り、女王様からのいかなる処罰も甘んじて受け入れる所存ですので」

「……その謝罪は、カーバンに言うべきじゃないでしょうか」

「もちろん、ここへ来る前にカーバン様にも謝罪をしておりました」

「…………………」

「それでは、失礼いたします」



その言葉だけを残して、ケイニスは部屋から出て行った。


よく分からない男だな、というのがセシリアの感想だった。


騎士だとは思えない言動を取るくせに、油断しているとグッと押し寄せて来て人の気持ちをたぶらかす。


なるほど、イブニアもこの手に乗られて彼に弄ばれているのか。セシリアはふうと呼吸を整えて、鏡を見つめた。



「……私の目は騙せませんよ?ケイニス・デスカール」



だけど、彼の存在は手に入れるべきだと思う。


イブニアを牽制するためにも、自分のちっぽけな嫉妬を満たすためにも、彼と言う戦力を引き入れるためにも、必ず。


……決して、最後に謝罪する彼の真摯な姿がちょっと気に入ったから、ではない。


ふうとため息を零して、セシリアはやや赤くなった自分の耳たぶを撫でながら思った。


私もイブニアのように、隣に無条件の愛を注いでくれる人がいればいいのに、と。

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