14話  休暇を取ります

最近、イブニアの様子がおかしいとケイニスは思った。


いや、イブニアは元々おかしかったけど、最近は一段とおかしくなった。


なにせこの王女、自分の護衛騎士に24時間くっついているのだ。



「あの、イブニア様?」

「はい、どうしました?ケイニス」

「なんで私の膝の上でご飯を食べているのでしょうか?」

「うんうん、美味しい!ほら、ケイニスも食べてみてください。このサーモンがとっても美味しいんですよ?」

「それと、なんで私を椅子に縛り付けたんですか?」

「動けないのは手と足だけで、口はちゃんと動くじゃないですか。はい、あ~ん!」

「ロゼさん!!ロゼさんはどこですか、ロゼさぁあんん!!!」



必死にイブのあ~んを拒絶しながら、ケイニスは必死に叫び始めた。


どれだけきつく縛ったのか、いくら身をよじってもちっとも動けない。


もちろん、体外に魔力を放出させればロープを千切れることくらいできるけど、そうすればイブが危ない目に遭うし………!ああ、もう!



「ああ、呼んだか、ケイニス」

「これ、ロゼさんが縛ったヤツですよね?私の朝ごはんに睡眠剤を盛ったのもロゼさんですよね!?」

「……王女様、実情を話してもよろしいでしょうか」

「はい、お願いします。ロゼ」

「縛ったのは私だけど、朝ごはんに睡眠剤を盛ったのは王女様だぞ」

「……イブニア様?」

「でへっ」



いよいよ本格的に狂い始めた女子たちを前に、ケイニスは押し黙るしかなかった。


絶望したままロゼを見上げても、彼女は気まずそうな表情をして顔を背けるだけ。


そして、次の瞬間……ケイニスの視界は、フォークにさされたサーモン一切れで覆われてしまった。



「もう、ケイニス。食事はちゃんとしないとめっ!ですよ?」

「……イブニア様、ため口で話してもいいでしょうか」

「いいよ、どうしたの?」

「ここにも睡眠剤入れてたりしないよな?」

「うん、入れてないよ?媚薬の粉は入れたけど」

「すみません?」

「媚薬の粉は、入れたけど」

「……ロゼさん?」



ケイニスはまたもやロゼに視線を向けた。ロゼはまたもや顔を背けて、今度は口笛まで吹き始めた。


顔を戻すと、花が咲いたみたいに純粋に笑っているイブニアがいて。


次の瞬間、ケイニスはポツンと涙を一滴いってき流しながら言う。



「脳が破壊されそうなので、一日だけ休暇をいただいてもいいでしょうか」










精神の病も立派な体調不良。


当然な論理を立てたのにも関わらず、イブニアは最後までケイニスにしつこく粘り着いていた。


幸い、ロゼと使用人たちが助けてくれたおかげで、ケイニスはなんとか離宮から出て市内を歩き回っていた。


せっかくもらった一日の休暇。ケイニスが突然休みたいと言い出したことにはもちろん、理由がある。



1.毎日のようにイブに退職願を出すこと。(失敗)

2.イブに愛想を尽かされること。(失敗)

3.警備を潜り抜けて物理的に田舎に帰ること。ただし、この場合だとイブの身の安全のために後釜を育てなきゃ。

4.自分より強いヤツを見つけること。



『今度も失敗したら、マジで犯される……!』



彼が以前書いていた脱出リスト。


その中の3番、物理的な脱出を試みるために適切なルートを探っているのであった。


王室での一件があった後、イブニアは以前よりもさらにケイニスに執着するようになったのだ。


このままだと一生離宮に閉じ込められて、イブニアの気が済むまで搾取される慰めモノになるかもしれない。


1X歳の白金髪美少女にエッチをせがまれるなんて、赤の他人が聞いたら羨ましがられるはずなのに……なのに。



「……はああ」



深いため息をつきながら、ケイニスは久々に街の風景を眺めた。


そして、視界の中に新聞らしいものを売っている少年が見えて。


ケイニスはさっそく、その少年から新聞を買って中身を読んでみた。




『王国の未来、ケイニス・デスカールと第3王女、イブニア様の禁断の恋!!王国を揺るがせているスキャンダルの行方は!?』

『ケイニス・デスカール、カーバンを負かせる!!競技の後にはイブニア様からの熱いスキンシップがあって……!?』

『噂は本当だった!第3王女とその護衛騎士のただれた関係!』

『離宮のメイドの証言!二人は既に行くところまで行った関係だと――――』

「ふざけるなぁあああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!」



ケイニスはビリビリと新聞を破って、その場で跪いてしまった。



「どうして……?どうしてこんな噂が立つんだ?どうして?」



おかしい。なにもかもおかしい。なんだこれ、世界が俺を騙しているんじゃないか?

本当に俺の感覚がおかしいのか?


何度心の中でとなえてみても、答えは出なかった。一体なにがそんなにおかしいんだろうと、ケイニスは離宮での日々を思い返す。


なにもおかしくはないはずだ。毎朝イブを起こすのも、イブが疲れた顔をする時に肩を貸してあげるのも、口元にソースがついているのを親指で取ってあげるのも。


ハグを迫られた時に優しく抱きしめて頭を撫でてあげるのも、お風呂場で水音を聞いてと命令されたことを守るのも、イブの寝顔を確かめてから眠りにつくのも!


全部、護衛騎士としての当たり前な義務じゃないか。幼馴染なら当たり前に取るべき行動じゃないか。


なのに、なんでこんな噂が立つんだろう。そういえば、セシリアもやけに顔を赤らめて噂のことを言ってたし………あぁ。



「脱出……脱出しなかればならない。もうそれしかない」



既に何十回も繰り返した決心をもう一度固めながら、ケイニスは立ち上がる。


そろそろ腹も減ってきたと思って、近くの食堂を探そうとしていた頃。



「そこのお兄さん!」



可愛らしい女の子の声が聞えて、ケイニスは即座に振り向いた。


すると、そこには魔女の帽子を被ったまま、テーブルの上に水晶玉を置いている美少女がいて。


その少女は、首を傾げながらケイニスにニヤッと笑って見せた。



「よかったら、占いして行かない?」

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