11話  ケイニス、怒る

どうしてこうなったんだろう。


舌を巻きつつ、ケイニスは目の前に険しい顔をしているセシリアの護衛騎士―――カーバンを見つめていた。


こんな小規模なイベントのどこがそんなに楽しいのか、貴族たちは目を光らせて二人を見つめていた。


その中にはもちろん、セシリア王女とイブニアの姿もあって……イブニアは特に、祈るように両手をぎゅっと握って、ケイニスだけを見ている。


そんな緊張感が漂う中、当のケイニスは―――



『よし、ここで漏らしたら故郷に帰れる!』



心の中で歓喜の涙を流しながら、持っている剣をぶるぶると震わせていた。


だって、彼は対戦の前に突然イブニアに呼ばれて、背筋がゾッとするような言葉を囁かれたのだ。



『実はね?私たちが住んでいるあの離宮には地下室があるんだって……♡』



明らかに自分を食べようとするその声色、その表情!!


だから、ケイニスはこの決勝戦にたどり着くまで死に物狂いで戦ったのである。


もちろん、ここは王室の中なので魔法の威力は最大限に抑えて、剣術を主にしたけれど。


それでも、その大戦の中で彼が見せてくれた実力は、貴族たちの関心を大いに引いていた。


そして、この戦いで最後に残ったのは二人の護衛騎士。カーバンとケイニス。


単なる実力勝負だけじゃなく、王女たちのプライドがかかっている大事な一戦が、幕を開けようとしていた。


もちろん、ケイニスは負ける気だった。



「ふふっ、ふぅ……ふふっ、ふっ……」

「……はっ、滑稽だな」



そして、カーバンは見事に勘違いをしていた―――ケイニスは目の前の自分を見て怖がったせいで、体を震わせているのだと。


もちろん、実情は違う。


ケイニスはヤンデレ王女様の脅迫と、もうすぐ解放されるという期待が入り混じって身震いしているだけだった。



「敵と張り合う前から、もう怖気づいているのか。所詮は平民、器もそのくらいなんだろうな。やはり、貴様には護衛騎士になる資格がない!!」

「なに!?ようやく俺を理解してくれる者が―――」

「だから、今すぐこの場から貴様をぶっ潰して、顔も上げられなくしてやる―――って何を喜んでんだ、貴様!!」

「さすがは第1王女様の護衛騎士、お目が高い……!」

「ふざけるなぁあああ!!俺のことを舐めてるのか、平民風情が!!!」



パっ!と音を立てながら、カーバン木剣がケイニスに振り下ろされる。


簡単な身振りでその攻撃を交わしたケイニスは、急にニヤッと笑いだした。


この重さ、このスピード!!間違いない、これくらいの実力者に負けたらイブニアだってなにも言えないはず!!


そんなことを思いながら、ケイニスが彼の剣を躱し続けている中で―――


徐々に、カーバンは怒りと焦りを感じていた。



「くっ……!俺を侮辱するか、この外道!!」



終始ニヤニヤしながら、時々「ひひっ、ひひひひっ………」と気持ち悪い笑い声まで零す相手。


そのくせに自分の攻撃は全く当たらず、セシリアの前で無様な姿だけをさらしている。


羞恥と屈辱感が綯い交ぜになったカーバンは、いよいよ我慢ができなくなった。



「剣を持って戦え!!相手の攻撃を躱すばかりなんて、それでも騎士を名乗るか!!」

「えっ?あ、ああ~~申し訳ありません、カーバン様。ちょっと幸せな夢を見ていまして―――」

「はっ、所詮はみすぼらしい平民の血筋か。正に、お前の主君とお似合いだな」

「…………は?」

「どうした?さすがに主君が侮辱されれば心に来るものがあるのか?」



カーバンが卑劣な笑みを浮かべると同時に、この場にいる貴族たちがざわつき始める。


イブニアは平民の父親と女王から生まれた子供だ。それに、王室で育ったわけでもなく、13歳になるまで田舎で暮らしていた少女。


そう、鼻の高い貴族たちの間では既に、第3王女―――イブニアを本当の王女として認められない、という声が上がっているのだ。


それこそが、イブニアが王室ではなく離宮で住んでいるもっともの理由だった。


自分の存在が、貴族たちの噂話になることをよく知っているから。


そして、王室の中にいても陰口を叩かれるだけで、誰も守ってはくれないから。


そんな敏感な話題を、カーバンはあえて口に出すことでケイニスを挑発しているのである。



「天才だの王国の未来だの、ふざけたことを。所詮、貴様は田舎育ちの粗末な平民。イブニア様がもし正当な王族だったら、貴様が護衛騎士に抜擢ばってきされることもなかったはずなのに」

「………いやいや、なに言ってるんですか。イブニア様は、既に正当な王族なんですよ?」

「ぷはっ」



そのあざ笑いこそが、イブニアに対する評判を物語っていた。彼女が受けてきた屈辱も、さげすみも。


心の奥底まで凍り付くような感覚を抱きながら、ケイニスは静かにイブニアを見つめる。


白いドレスに身を包んでいるイブニアは俯いて、必死に泣くのを堪えていた。


こんなにも公に侮辱されたというのに、彼女はただただ俯くしかないのだ。


周りにいる貴族たちの痛い視線とさわがしい雰囲気が、その事実を浮き彫りにしていた。


イブニアは単に、上っ面だけの王族で。


高貴な血が流れている自分たちとは各が違うと、言っているかのようだった。



「……………………………」



ケイニスはゆっくりとカーバンに視線を戻してから、言う。



「3秒あげます」

「は?」

「3秒、あげます」



冷え切った声で、ケイニスは言葉を続ける。



「今すぐ、イブニア様に謝罪してください」



その声で、ざわざわしていた場の空気が一気に静まり返る。


カーバンは相変わらず嘲笑ちょうしょうを浮かべながら、彼を見つめていた。


ケイニスは無表情で首を傾げながら、口を開く。



「3」

「はっ、貴様、何様のつもりで数字を数えやがるんだ!!」

「2」

「……あははっ!!そうだな、この対戦が終わった後に、イブニア様に改まって謝罪することにしよう!」

「1」

「まあ、その時のお前はこの地面を這いずり回ることになるだろうけ――」



次の瞬間、ドカン!!と大きな音が演武場に鳴り響いた。


次第に貴族たちの目に入ってくるのは、いつの間にか吹き飛ばされて、壁の前でお腹を抱えたまま跪いているカーバン。



「……くはっ!?けへっ、けほっ、けほっ……!」

「…………………」



そして―――中央に立ったまま彼を見下ろしているケイニス……いや。


死神のような顔をしている、第3王女の護衛騎士の姿が、彼らに映っていた。



「きっ、さま……!」

「………今から、常識を叩きこんであげましょう」



ケイニスは木剣を握り直した後に、冷え切った声で言った。



「イブニア・フォン・アインツハイン様が、この国の第3王女であるという常識を」

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