9話  第1王女の誕生日パーティー

第1王女、セシリア・フォン・アインツハイン。


腰まで伸びる長いピンクの髪に、同じ色の蠱惑的こわくてきな瞳。真っ白でシミ一つない肌と、恐ろしいくらいに整っている顔立ち。


彼女は男なら誰しもが生唾を飲み込むような、絶世の美人だ。


神秘的な印象と近づきがたい美貌を誇る彼女は、同時にカニア王国でもっとも有力な女王候補でもある。



「セシリア様。今回のパーティーにイブニア様も参加されるという手紙が―――」

「なるほど……イブニアですか」



彼女は、最近やけに新しくできた妹―――イブニア王女の動向を気にかけていた。


美しい母の血筋は騙せないのか、自分にも負けないくらいの綺麗な顔立ちをしているイブニア。


聞いた限りだと魔法の才能にも恵まれていて、周りの従者たちにも厚い信頼を受けているらしい。



「なら、彼女の護衛騎士であるケイニス・デスカールもまた……参加するのですね?」

「はい、先ほどその旨の手紙が届きました」

「なるほど」



それに、何よりも危険なのは彼女の護衛騎士、ケイニス・デスカール。


王国の未来だと呼ばれている、自分と同い年の少年。


王国唯一のソードマスターであるアーサーの唯一の弟子で、1年生でカニア祭を優勝した生粋の天才。


彼の存在を知った時どれだけ驚いたのか、セシリアは今もよく覚えていた。


なにせ、あのアーサーの弟子なのだ。王国でもっとも強い武力を持っていながらも、どんな貴族にも肩入れずに王国のあらゆるところを冒険している変人。


全くふところが読めないあの男が初めて、自分の弟子を通じて王族を支持し始めたのである。


しかも、その相手は自分の妹であるイブニア。


もちろん今のところ、イブニアの人気はそれほど高くないが、セシリアは誰よりもあの二人を警戒していた。


だから、こうして誕生日パーティーを称してあの二人に会うための口実を作ったのだ。



「楽しみですね……ふふっ」



舌なめずりをしながら、王女はゆっくりと立ち上がって窓の外を眺める。


ケイニス・デスカール。彼さえ手に入れればいい。


そうすれば、イブニアを完全にはぐらかして、女王の座につくことができるはずだから。


明日に迫って来た誕生日パーティーを期待しながら、彼女は真っ青な空を見上げた。







そして、第1王女に狙われていると夢にも思っていないケイニスは。



「うひひ、うひ、うひひひっ……」

「ちょっ……い、イブニア様。そこに顔を埋めないでください……!」

「じゅるっ……んん……」

「ちょっと!!どこを舐めてんだお前!!」



護衛対象のえっぐいセクハラに耐えながら、馬車の中で精いっぱい涙をこらえていた。


ケイニスたちが住んでいる離宮と、第1王女が住んでいる王室まではかなり距離がある。


よって、やむを得ずに馬車を手配したのは良いものの。


イブニアがこの機を逃すはずもなく、疲れたという名目で堂々とケイニスに膝枕を要求したのだった。


間違いなくセクハラをされると読んでいたケイニスだったが、王女の無理強いには勝てず。


結局、向かいに座っているロゼの引いた顔を見ながら、羞恥心に悶えるしかなかったのである。



『…………………………可哀そう』



不幸中の幸いがあれば、ロゼがそんなケイニスの苦痛を哀れむようになったことくらいだろう。


あの夜からちょうど5日くらいが経ち、ロゼのケイニスに対する印象はだいぶ変わっていた。


王女様をたぶらかす悪い色男から、王女様にたぶらかされている可哀そうな少年に。



『しかし、本当に彼を田舎に帰してもいいのかな』



驚くくらいの装飾そうしょく刺繡ししゅうが施されている豪華なドレス。


そのドレスに身を包んでいるというのに、イブニアの顔は好きな人の股間に近づいているせいか、だらしなく緩んでいる。


初めは、こんな顔じゃなかった。


イブニアは離宮に着いた時からずっと、どこか寂しそうな表情をしていたのだ。


もちろん、使用人たちの前では一生懸命に表情を取り繕っていた。


でも、誰も見ていないと、一人だと思った時のイブはいつも泣きながらお兄ちゃん、お兄ちゃんと呼んでいたのだ。


王女様のためにも、ケイニスはここにいるべきではないだろうか。


複雑な考えに囚われているロゼをよそに、ケイニスは必死に身をよじりながら考えた。



『くっそぉ、何があっても王室で大恥をかいてやる……!』



バッドエンド、いや毎日のように貞操の危機が訪れる日常なんてもうごめんなのだ。


ケイニスは歯を食いしばって、何があっても絶対に脱出してやると強く決心した。



「イブニア様、そろそろ王室に到着するかと思います」

「んん、ちゅっ……仕方ないなぁ。ありがとう、ロゼ」



イブニアは天使のように笑いながら、ようやく起き上がって姿勢を正す。


ケイニスが泣いている途中で馬車はぐっと止まり、高い階段の向こうにある王室が見えてきた。


さすがは王室というべきか、離宮とは比べ物にならないほどの雄大さが感じられる様式となっている。


ケイニスとイブニアは互いにこくりと頷いた後、護衛兵の案内に従って王室の中に足を踏み入れた。



「ようこそ、イブニア」



すると、この国の第1王女。


セシリアが真っ先に彼女たちを出向かえてくれて、イブニアは驚きながらも頭を下げた。



「お、お久しぶりです……お姉様」

「うん、君が王女として任命された時以来だね。元気にしてた?」

「はい、お姉様が色々と気にかけてくださったおかげで……!ありがとうございます」

「うんうん、よかった。あ、こちらの方は……?」

「ロゼ・インヘルと申します。王女様」

「初めまして、ロゼ様。そして、こちらの方が……」

「第3王女様の護衛騎士、ケイニス・デスカールと申します」



一応、教わった通りに騎士の礼を示して頭を下げると、真上から尋常じゃない音が響いた。



「じゅるっ……」

「????????」



何故か一瞬、背筋がゾッとしたけどその感覚は無視することにして。


ケイニスはまた必死に、頭を捻り始めた。


間もなくして貴族たちが王室に到着するはずだ。そして、それはケイニスにとって勝負の瞬間でもある。


いかにしてイブニアの顔に泥を塗らずに、貴族たちの前で恥をかくことができるのか。


そのことだけを考えていたケイニスの横で、イブニアは言う。



「そういえば、お姉様」

「うん、どうしたの?」

「お姉様のお誕生日会には、決まって騎士たちの演武が披露されるとお聞きしていますが……それは、本当のことなのでしょうか?」

「ああ、そうね。私の騎士団の団員達も紹介したいし、速めに着いた貴族たちのためにもそういうイベントはあるべきだから」

「そうですか……」



そこで、イブニアはほんの小さく口角を上げてから、唐突な提案をした。



「なら、今回のその演武に……私の護衛騎士、ケイニスを参加させるのはいかがでしょう?」



そして、話の内容を全部聞いていたケイニスは。



「天才かよ」



思わず拍手を打ちながら、感嘆の声を漏らした。

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