8話 護衛対象にセクハラされています
メス豚以上の侮辱的で酷い言葉が思い出せない。
自分の壊滅的な語彙力を嘆きながら、ケイニスは前に書いたリストをもう一度読み直した。
2.イブに愛想を尽かされること。
……メス豚以上に効果的な言葉なんてあるんだろうか?
イブニアがさっそく服を脱ごうとする姿を首を振ってぶっ飛ばしながら、ケイニスはため息をつく。
どうやら、イブニアはヘンタイだけじゃなくマゾの才能まで持ち合わせているらしい。
よし、こうなったらもう開き直るしかないか。
翌日の朝、ケイニスは平然とした顔でイブに聞いた。
「イブニア様、実は俺マゾなんで、イブニア様のマゾ性癖にはちょっと答えられないかと」
「大丈夫だよ?私、お兄ちゃんをいじめるのも大好きだから」
ですよね。
1.毎日のようにイブに退職願を出すこと。(失敗)
2.イブに愛想を尽かされること。(失敗)
3.警備を潜り抜けて物理的に田舎に帰ること。ただし、この場合だとイブの身の安全のために後釜を育てなきゃ。
4.自分より強いヤツを見つけること。
「……へへっ、へへへへっ」
「見て、見て。ケイニス様がまた笑ってらっしゃる」
「きっと幸せを噛みしめているのよ。なにせ、イブニア様に日頃からあんなに大胆なアピールをされているんでしょ?それに、二人は幼馴染だと聞くし……きゃぁ~~!」
「正に純愛、純愛なのね!正に身分を乗り越えた愛なのよ!!」
「あははははははっ!!!!」
ケイニスは使用人たちのひそひそ話を聞いて、狂ったように笑い声を上げながら訓練場に向かった。
そう、今日も師匠の肖像画を貼り付けたダミーを殴るために……!
ていうか、頭の中では完璧だったはずだ。いくらシミュレーションを重ねても自分が退職して田舎に帰る未来しか見えず、どれも失敗するはずがないと思ってたのに。
もしかしたら自分はイブニアの愛と狂気を少々……いや、かなり侮っていたのかもしれない。
あのイブはもう、記憶の中にいる昔のイブじゃない。
「はあ……さてと、やるか」
サンドバッグ代わりのダミーに肖像画を付着してから、ケイニスは木剣を振るった。
なんか、師匠の下で修行していた頃より剣に注ぐ時間が多くなったかもしれないなと思いつつ、木剣を高く振り上げたところで。
「ちょっと待って!!」
突然後ろから聞えて来た声に、ケイニスは目を丸くして振り返った。
すると、赤いサイドテールを揺らしているロゼの真剣な表情が見えてくる。
最小限でも1週間前からずっと尾行してたのに、ようやく声をかけてくれるんだ。
そう思いながら、ケイニスは軽く首を下げて挨拶をした。
「こんばんは、ロゼさん」
「……ケイニス・デスカール」
「はい、どうしましたか?」
「貴様、王女様になにをする気だ!!」
突拍子もない言葉に驚いていると、ロゼは益々顔を赤らめてケイニスを指さした。
「お、お、王女様宛に今日なにが届いたのか……貴様も分かってるだろ!?」
「えっ、分かりませんけど」
「ウソをつくな!!お、王女様があんな破廉恥なものを……!」
「ええ……一体何が届いたんですか?」
「くっ……!」
いよいよ煙でも上がりそうなほど顔を真っ赤にさせたロゼは、体をぶるぶる震わせながら言う。
「お、大きな手錠に太いロープに分厚い目隠しに、口封じテープなんかも届いたんだぞ……!貴様、王女様とどんな関係だ!?まさか、王女様にそんな破廉恥なものを使うつもりで……って、どうして泣いてるんだ!?おい!?」
…………………助けてください。護衛対象にセクハラされてます。
もうここやだ、早く家に帰りたいよぉ……。
「ちょっ、待って。どうして泣いてる……?わ、分かった。分かったから!!私が悪かった。とりあえず話を聞こうじゃないか」
こんなに悲痛に泣かれるとは思わなかったロゼは、戸惑いつつもケイニスを宥めてから事情を聞くことにした。
鼻をすすりながらケイニスはすべてを話し、事の顛末をすべて聞いたロゼは
「えっと、じゃ……護衛騎士をやめて故郷に帰りたいと思うのは、本当なんだな?」
「はい、それはもう……長年抱いてきた願いと言いますか」
正確な理由は3王女のどちらかと付き合ったら国が滅びるから、だけど。
ロゼはたぶん転生の概念を理解していないはずだから、ケイニスは淡々と気持ちだけを述べることにした。
「護衛騎士をやめるなんて……私には理解ができないぞ。誰もが欲しがる、王国でもっとも栄えある地位なんだぞ?なんでそこまでして田舎に帰りたいんだ?」
「出世とか名誉とかに関心がないんですよ……俺はただ、田舎で静かな毎日を大切にしたいんです。元々、そういったスローライフに憧れがあったので」
「スローライフ……?よく分からんが、本当に変わったヤツだな」
そう言いつつ、ロゼは頭をフル回転させながら考え始めた。
話しを聞く限り、ケイニスの退職欲求は本当のようだった。
なら、ケイニスが退職することを手伝ったら、空席になった護衛騎士の座は自然と自分に降りてくるのではないだろうか。
騎士道に反する浅ましい策略だと思いつつも、ロゼはイブに対する忠誠心だけで生きている身。
彼女は心の奥底で良心が痛むのを無視して、ケイニスにある話を持ち出した。
「そういえば、もうすぐ王室で、第1王女様の誕生日パーティーが開かれるらしいぞ」
「へぇ、そうですか」
へぇ、そうですかって……こいつ、本当に国の情勢とかに関心がないんだな。
不審に思いつつ、ロゼは言葉を続けた。
「そこで何らかのミスをすれば悪い噂が広まって、護衛騎士も辞められるんじゃないか?」
その話を聞いた瞬間、ケイニスの黒い瞳が一瞬で見開かれた。
「ほ、本当ですか!?本当に田舎に帰れるんですか!」
「ああ。なにせ、第1王女様はもっとも有力な次期女王候補……各地の貴族たちや実力者たちもたくさん参加するはずで―――って、おい!?なんで土下座をするんだ!?」
「ありがとうございます、ありがとうございます………これからロゼさんのことを師匠と呼んでもいいでしょうか!」
「な、なにを言ってる?君の師匠はあのソードマスター、アーサー様じゃないか!!」
思ってもみなかった激しい反応に、ロゼは両手を振りながら慌てる。
その一方、ケイニスはようやく突破口が見つかったことに感激しながら、うれし涙を流していた。
「………ふうん、そっか」
そして、もう一方。
二人の話を注意深く聞いていた第3王女―――イブニアはニヤッと笑いながら、腕に抱えているケイニス人形をもう一度抱きしめた。
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