7話  脱げ、王女

ロゼは頑なに信じ込んでいた。ケイニス、あの輩こそがイブニア王女を狂わせた元凶だと。


ロゼは未だに、初めてイブニアがこの離宮に着いた時の初々しい姿を忘れていないのだ。



『は、初めまして……イブニア・フォン・アインツハインと言います』



王女とは到底思えない、礼儀正しい作法。


常に周りの人を気遣う優しい性根。花のつぼみがほころびたような純粋な笑顔。


ただジッとしているだけでも浮き彫りになる端麗さと可愛さ。学んだものをすぐに体現する魔法の才能と、静かで確かなリーダーシップ。


そう、彼女こそが自分が思ってきた理想的な主君。理想的な王女だったのだ。


だから、ロゼは毎晩のように身を粉にして剣術の鍛錬を重ねながら、彼女の護衛騎士になれるよう様々な努力を積んできた。


イブニアも彼女のことを深く信頼していたし、これで間違いなく自分がイブの……大好きな主君の護衛騎士になれると夢見ていたのだ。


なのに、一日で事態は急変してしまった。



「すべてが貴様のせいだ、ケイニス・デスカール……!」



突然カニア祭で優勝し、イブニアから直々に護衛騎士として任命された天才少年。


現実の不合理を塊にしたようなその少年に、ロゼは強い嫉妬を抱いてしまったのである。


しかも、彼が離宮に住み始めてからイブニアの様子がおかしくなった。


彼の顔を見て意味深げに舌なめずりをしたり、お風呂に入っている途中に彼に背中を流すようにと命令したり、手錠を買って彼の手首を縛ったらいいんじゃないかなと一人ごちったり。


王女に対して不敬極まりない言葉ではあるけど、あれは少し……いや、かなりヤバいというか、頭がいかれている気がした。


今のイブニアは、自分が知っている理想的な王女ではない。なら、目を覚まさせなければ。


そういった信念を持って、ロゼはケイニスを注意深く観察し始めた。


しかし、さすがは王国の未来と呼ばれている少年であるからか。


この男、全く隙がないのである。



「あ、ロゼさん。おはようございます」

「………おはようございます」



彼は一日中、誠心誠意をもってイブニアの隣を守っていた。


朝起きる瞬間から、イブニアが寝室で横になる瞬間まで。彼女に付き添い、彼女を配慮し、護衛騎士としての役目をちゃんと果たしているのだ。


しかも、驚くことはそこだけじゃない。



「ふぅ……ふぅ……はああっ!!」

「…………………」



イブニアが眠りについた後、彼は決まって離宮の裏側にある訓練場へ向かい、凄まじい勢いで木剣を振るっていた。


たった16歳の少年にしてはあまりにも整っていて、揺るぎのない剣路。


木で作ったダミーを数千回も殴るその姿からは、執念みたいなものさえ感じられた。


ロゼはごくっと生唾を飲んで、その鬼のような形相を眺めながら思う。


もしかしたら、彼の方が。


自分よりイブニア様に似合う護衛騎士じゃないだろうか、と。







『頭、頭、頭、頭ぁああああああああああ………!!!!!!!!!!』



師匠の肖像画を貼り付けて殴った木製ダミーがボロボロになるまで。


ケイニスはただ単に剣を振るいながら、自分をこんな状況に追い込んだ師匠を恨んでいた。


そう、彼はイブニアのために鍛錬をしているのではなく、単なる憂さ晴らしがしたいだけだったのだ。



「はぁ、ふぅ、ふぅ………」



人生詰んだ。その言葉が真っ先にケイニスの頭の中をよぎっていった。


挫けずに毎朝イブニアに退職願を持って行ったものの、全部燃やされたあげくに夜這いされたくなかったら静かにしてろ、と言われる始末。


逆レープをされたくはないケイニスは、全身をわななかせながら頷くしかなかったのだ。


1000回くらい剣を振って腕もボロボロになったところで、ケイニスは夜空を見上げながら、静かに思い返す。


どうやったら合法的に首になれるかをつづった、そのリストの内容を。




1.毎日のようにイブに退職願を出すこと。(失敗)

2.イブに愛想を尽かされること。

3.警備を潜り抜けて物理的に田舎に帰ること。ただし、この場合だとイブの身の安全のために後釜を育てなきゃ。

4.自分より強いヤツを見つけること。




1番はもう却下だ。初めての体験が逆レープなんて、胸が大きくて体温も湿度も高いお姉さんじゃないと無理だ。


さて、お次は2番だけど……イブに愛想を尽かされる方法か。これはどうすればいいんだろう。


自惚れではないけど、ケイニスは既にイブに愛されているという自覚を持っていた。


それに、イブはドと超が付くほどの変態。普通の手段じゃイブには嫌われないだろう。


ケイニスは離宮に戻ってゆっくりシャワーを浴びながら、ゆっくりと考え始める。


そして、シャワーを終えて眠りにつく前、彼はある結論に至った。



『向こうの頭がいかれているなら、俺はそれ以上に頭のいかれた行動をしないと』



しかし、イブニア以上にいかれなければならないなんて……くそぉ、なんてレベルの高さ。


おまけに、自分は仮にも護衛騎士という職に就いているので、他人の視線がある時に奇行をしたら不敬罪に問われる可能性もあるのだ。


そうすれば首と体がGoodBye。遺骨だけが丁寧に田舎に送還されるのである。


なら、チャンスは王女と二人きりでいる時間。すなわち、朝にイブを起こしに行った時に、思いっきり引かれなければ……!



「どうすればいい……?どうすれば、イブよりいかれることができる?」



ケイニスは開け方になるまで質問に質問を重ね、イブに嫌われるための様々な策を巡らせていた。


そして、決戦の朝。



「脱げ、メス豚」



低い声で言い放たれたその言葉を聞いて。



「は、はい………♡」



思いっきり顔を赤くさせながら、着ているキャミソールをそそくさと脱ぎ始めるイブニアを見て。


ケイニスは両手で顔を覆って、その場で膝から崩れ落ちてしまった。

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