6話  退職願

若干16歳の王女護衛騎士の登場。


その前代未聞の出来事に、王国には大きなどよめきが広がっていた。


なにせ、ずっと空席だった第3王女の護衛騎士の座が埋まっただけでなく。


その護衛騎士がなんと、王国唯一のソードマスターである、アーサーの弟子だという事実が判明されたからだ。



「とっちめてやらなければ……!」



そして、第3王女の懐刀、ロゼは奥歯を噛みしめながら新聞を読んで行った。


名前はケイニス。しょうもない田舎の町の平民出身で、突然アーサーに弟子入りをした後に才能を開花させ、ロサリオ学院の入学試験で最高点数で入学。


その上、まだ1年生であるにも関わらず、上級生たちを次々と倒してカニア祭を優勝。


戦闘の内容はどれもが圧倒的で、彼なら未来のソードマスターになれるかもしれないというコラムが……新聞に載せられていた。



「どうせ、イブニア様の前で仮面を被っているだけよ……!」



赤い髪をサイドテールに結んだ少女は、手をぶるぶると震わせた後に深呼吸をする。


突然現れた王国の新星、ケイニス。


だが、可愛らしいイブニア様を惑わせ、出世のためにあの方を足場にしようとする貴様の悪巧みを、私が知らないとでも?


何があってもヤツの弱点を探り出して、イブニア様の目を覚まさせなければ!



「イブニア様……私が絶対に助けてあげますから!」







貞操の危機が訪れた。


離宮で住んでから1週間も経たないうちに、ケイニスはその事実を受け入れるしかなかった。


なにせ、この王女―――イブニアには警戒心というものが全くないのである。


軽いキャミソール姿で人に抱きついたり、お風呂場の前を護衛させてわざと水音を聞かせたり、下着を取ってきてと命令してきたり。


認めざるを得ない。アレは、ケイニスが知っているイブじゃなかった。


そう、あれはただの、発情した肉食動物である!



「ふふっ……でも、これくらいなら!」



しかし、貞操観念の強いケイニスが身の危険を見過ごすはずもなく。


彼は徹夜をしてまで、どうやったら合法的に首になれるのかに対する策を練っていた。



「これで、完璧だ……!」



首になるために、毎日やらなければならないこと。


彼はもう一度、その内容を読み直して行った。




1.毎日のようにイブに退職願を出すこと。

2.イブに愛想を尽かされること。

3.警備を潜り抜けて物理的に田舎に帰ること。ただし、この場合だとイブの身の安全のために後釜を育てなきゃ。

4.自分より強い人を見つけること。



「ふふふっ………さてと!」


昨晩のうちに完成しておいて退職願を手にして、ケイニスは机から立ち上がった。もうすぐイブが起きる時間だ。


廊下に照らされる朝日が眩しい。今日でついにこの離宮を脱出して田舎に帰れると思ったら、燦燦とした光もまるで自由を象徴している気がした。



「おはようございます、レイラさん!」

「あら、おはようございます、ケイニス様。ふふっ、イブニア様とお会いになりますか?」

「お願いします!」

『あら、まあ……ふふっ。やっぱりケイニス様も、イブニア様のことが大好きなのですね』



レイラの心の声は当然、ケイニスの耳に届かず。


勢いよくイブニアの寝室に入って、彼は慣れた手つきでイブニアの肩を揺さぶりながら言う。



「イブニア様、起きてください。もう朝ですよ」

「んん……ふふっ、おはよう、お兄ちゃん……」

「おはようございます。あ、実はお渡ししたいことがありまして。こちら、自分の退職願なんですけど―――」

「火の精霊よ」



その瞬間、ケイニスの手元から凄まじい熱気が感じられた。


爽やかな笑顔のまま俯くと、退職願はきれいさっぱり燃やされて跡形もなく消えていた。



「ううん………?なに言ってるの?退職願なんて、見えないけど?」

「………」



イブニアの青い瞳から焦点がなくなったことを確認した後。


ケイニスは乾いた唇を濡らして立ち上がり、窓際まで足を運ばせた。


そして、そのまま窓の外を眺めると――――



「おはよう、ケイニス!!」



離宮の前にはもう、使い込んだ魔法杖まで持っている学院長の姿がいて。



「………………………誰か助けてぇ」



ケイニスは空っぽになってしまった自分の手元を見て、涙を流すしかなかった。

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