5話  愛の仕方がおかしすぎる王女様

どうしてこうなったんだろう。


ケイニスは頭を抱えながら、騎士団の制服に袖を通していた。いや、マジで、なんでこうなった?



「ていうか、人が気絶している間に勝手にサインを偽造ぎぞうしやがって……!!」



なんでケイニスが学院の制服ではなく、騎士団の制服を着ているのか。


それは当然な話だった。なにせ、彼はもうロサリオ学院の一年生ではなく、王国最年少の護衛騎士になったからである。


まあ、そこに本人の意志は全くなかったけど。



「……………ヤバい」



人が気絶している間に、無理やり腕を動かして任命書にサインをさせるヤンデレ幼馴染なんて。


それに、ヒロインは彼女だけなわけでもない。


他の第1王女セシリアも、第2王女クロリアも癖の強い……言い換えればめんどくさすぎるお嬢様たちなのだ。


すなわち、このまま護衛騎士を続ければ、自然と彼女たちとの接点も増えるということで……それはすなわち、ヒロインたちと仲良く粛清しゅくせいされる可能性が高まるということだった。


くそ、この離宮に入らないためにあれほど頑張って来たのに……ケイニスは涙を流しながら、歯を食いしばった。


何としてでも合法的に護衛騎士をやめなきゃ。


ケイニスはもう一度自分に喝を入れて、広々とした部屋を出た。



「さて、先ずはイブを起こさなきゃ……」



昨日、学院長……いや、自分をハメたあのじじぃの説明によると、護衛騎士の一日の始まりは先ず、護衛対象を起こすことから始まるらしい。


それと共に、王女が食事をする時もトイレに行く時もお風呂に入っている時も着替える時も、ずっと傍に付き添っていなければならないとかなんとか。


なんでそこまでしなきゃいけないのかと抗議したいケイニスだったが、彼はもう王室に籍を置いている身。


不敬罪に問われたりしたら、直ちに首と体が永遠にさよならすることになるのだ。


ましてや、この離宮にはメイドや執事たちがたくさん暮らしている。正に壁に耳あり、障子に目ありの状態。


早いうちに首になって逃げなければならない。ケイニスは何度もそう思いながら、王女の寝室に向かった。



「あっ、ケイニス様。おはようございます」

「おはようございます、レイラさん。王女様は……?」

「今はお眠りになられていますが、いかがなさいますか?」

「そうですね……もう8時を回ってしまいましたし、中に入ってもよろしいでしょうか?」

「はいっ、もちろんですよ」



イブニア王女の専属メイド、レイラは微笑みながら頷く。


若干16歳の初々しい護衛騎士相手だというのに、レイラはいたって真剣にケイニスを尊重していた。


なにせ、学院長―――カーベルスに言われたのだ。今目の前にいるこの少年こそが、将来の王国を背負っていく人材だってことを。



『本当に、素敵な少年ですね』



それに、ケイニスがここに来てまだ三日しか経ってないけれど、ケイニスに対する評判は使用人たちの間ではもうかなり広まっていた。


護衛騎士という身分にも関わらず、使用人たちの雑務を手助けしてくれる優しさ。


誰もが眠っている夜に、訓練場で静かに自主練を重ねる誠実さ。


特別な才能に恵まれていることを鼻にかけず、年配の執事たちに一々お辞儀をする礼儀正しさまで。


まごうことなき、理想的な護衛騎士―――それこそが、ケイニスという人間を表すもっとも適切な言葉だった。



『それに、イブニア王女様もケイニス様にどっぷりハマっておりますし………ふふっ。青春ですね~』



主人の一途な恋心をよく知っているレイラは、微笑みながらケイニスの後姿を見守った。



『なんか視線が妙に生暖かい気が……』



少しだけ違和感を抱きながらも、ケイニスはイブニアの寝室に入った。燦燦さんさんと輝く朝の日差しが部屋を照らしている。


そんな中、白いベールに包まれているベッドで、イブニアはまるで天使のような顔ですやすやと寝息を立てていた。



「イブニア様?」

「すぅ、すぅ………」

「イブニア様、朝ですよ。起きてください」



寝顔は昔のままだな、とケイニスはクスリと笑ってしまう。


イブは本当に、天使みたいな子だった。白金髪の神と青い瞳という、見た目に限った話ではない。


彼女は気弱だけど誰よりも優しくて、気配りができて、いつだって一点の濁りもない純粋な笑顔を見せてくれる子だったのだ。


まさか、そんな幼馴染が王女だったなんてあの頃は気づかなかったけど。


ケイニスは昔の思い出を振り返りながら、ゆっくりとベールを剥がしてイブニアの肩を揺さぶる。


白いキャミソールを身に包んでいるイブは、本当に妖精のように可愛くて綺麗だった。


ケイニスの口角が上がり、笑みがさらに深くなろうとしたところで―――



「え?」



ケイニスは、ついに目にしてしまった。


何故か自分と似ている男の……いや、自分の顔と裸体がプリンティングされている抱き枕が、イブの隣に置かれていたのだ。



「………んぅ?ふふっ、おはよう……お兄ちゃん……」

「おはようございます」



平然とした口調を発しつつ、ケイニスはそのまま窓の外に枕をぶん投げた。



「ああ~~っ!?!?なんてことするの、お兄ちゃん!!」

「いやいや、正当防衛じゃないですか。ていうか、どこで俺の裸を……?体に傷がついているところまで細かく描かれていましたけど?」

「えっと、お兄ちゃんが前に気絶していた時に下着を脱がして………」

「きゃぁああああああああああああああ!!!!」



貞操の危機を感じたケイニスは、そのまま女の子みたいな悲鳴を上げてしまった。


一方で、お気に入りの抱き枕を放り投げられたイブニアはぷんぷんとしながら立ち上がって、クローゼットに向かう。



「もう、本当にお兄ちゃんは意地悪なんだから」



そして、次に目に入って来た光景に、ケイニスは驚愕して口をポカンと開けてしまった。


なにせ、クローゼットの中にはさっきと同じ抱き枕が何個も……まるでコレクションのように整然と並べられていたからである。



「うんうん、今日は恥ずかしい顔をしているお兄ちゃんにしようかな~」



その言葉を聞いた瞬間、ケイニスは光速で窓から飛び降りた。



「おはよう、ケイニス!」



そして、約束したかのようににんまりと笑っている学院長の顔が視界に入って。


ケイニスはそのまま、また風魔法で寝室に跳ね飛ばされてしまった。

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