4話 どこへ逃げる気だい?
イブニア・フォン・アインツハインは平民の父親とこの王国の女王から生まれた私生児だ。
女王の金髪と青い瞳を色濃く受け継いでいるにも関わらず、彼女は自分の母親の顔を今まで知らなかったのである。
彼女の家族はいつだって、自分に申し訳なさそうな顔をしている父親だけだった。
でも、彼女は自分を全くもって不幸な人間だとは思わなかった。
何故なら、彼女の傍にはいつもケイニスがいてくれたから。
『け、ケイお兄ちゃん……遊ぼ?』
『おう、いいぞ!』
人見知りな自分と共に、色々なところに連れて行ってくれたケイニス。
街中で噂が立つほど剣の才能に恵まれていて、容姿もいい。性格も優しいから、当然彼を狙う同年代の女子たちも多かった。
もちろん、イブニアもその中の一人だった。
だから、ケイニスが街を立ち去ると聞いた時、イブニアの世界は丸ごと壊れてしまったのである。
『やだ、行かないで……!行かないで、お願い……!』
『ええ……』
別れ際、ケイニスが自分に言ってくれた言葉を、彼女は鮮明に覚えている。
『ありがとう、イブ。でも大丈夫だよ?もうすぐ帰ってくるんじゃないかな』
『え………そうなの?』
『そうだよ。だって俺、ずっとこの街で暮らしていく気だし』
暗闇の中で差し込んだ、
彼女はその言葉をすっかり信じ込んでケイニスを行かせた。
でも、1年が経っても2年が経っても彼は全く帰って来ず。
そんな日々の中、イブの心には少しずつ暗い影が差し始めたのである。
『ふふっ……ケイお兄ちゃん。ケイお兄ちゃん?なんで?なんで帰って来ないの?ねぇ、ケイお兄ちゃん?ねぇ、なんで?なんで?なんで?なんで?なんで?なんで?なんで?なんで?なんで?なんで?なんで?なんで?なんで?なんで?なんで?なんで?なんで?なんで?なんで?なんで?なんで?なんで?なんで?なんで?なんで?なんで?なんで?なんで?なんで?なんで?なんで?なんで?なんで?なんで?なんで?なんで?なんで?なんで?なんで?なんで?』
ケイニスを象った100個以上の人形に包まれて眠っても、気持ちは少しも晴れず。
そして、ある日。王国から派遣された使者の話を聞いて、イブはついに自分の身分に気づくことになった。
この王国の、第3王女。
第1王女と第2王女を牽制するための、貴族たちの政治的な
でも、彼女はそんなことどうでもよかったのである。
大きな権力は、あの人を探すもっともの手段になるのだから。
『人を探してくれませんか?名前はケイニス・デスカールと言いますけど』
優勝者が泡を吹いて気絶した、前代未聞の授賞式が幕を閉じた後。
ケイニスは引きつった顔のまま、目の前のイブ……いや、第3王女と向き合っていた。
「も、申し訳ございませんでした、王女様……ははっ、はっ」
「ああ、気にしないでください。ケイニスさんも驚いたんでしょうから」
「あ、ありがとうございます……ははっ」
ヤバい。何としてでもここから脱出しなきゃ。
ケイニスは冷や汗をかきながら、目の前の幼馴染を見据えた。
周囲に人がいないことを確認したイブニアは、不敵な笑みを浮かべて。
「見つけた……♡」
「ひぃっ!?!?」
じゅるっ、と鮮明な唾の音を響かせた。
ケイニスの背筋がゾッとする。自分は食われる側だと直観的に理解した彼は、部屋中にある窓を一から確認し始めた。
だが、その前にイブが口を開いた。
「こほん、失礼……それでですね、ケイニスさん」
「は、はい……」
「今から、ケイニスさんが絶対に断れないある提案をしたいんですが」
「あ、いや。大丈夫ですよ?どうせ断るんで」
「お兄ちゃん、私の護衛騎士になって?」
「いや、断るって言っただろ!?」
「いやいや、お兄ちゃんの意見なんか聞いてないからね?何言ってるのw」
え!?!?!?なんなの、この子!?本当に俺が知っているイブ!?
「お、王女様……護衛騎士の座はこの国でもっとも優秀で強い騎士にだけ与えられる栄光!自分には身の余る……!」
「やってくれるって?ありがとう!」
「人の話を聞けぇええ!!」
「あ、これ任命書だよ。ここにサインだけしてくれれば―――」
言葉が紡がれるも前に、ケイニスはさっそく奥にある窓に向けて駆け出した。
願うは自由、必要なのはスピード!この窓を破ってここから脱出すれば、俺は田舎に帰れるんだ!
かちゃんという盛大な音が鳴り、窓ガラスの破片が飛び散る。ケイニスは両手を高く広げて、日差しを浴びながら幸せな表情で落下していた。
普通の人なら死ぬ高さだが、魔力を完璧にコントロールできるケイニスにとってこれはただの自由への道筋。
さぁ、早く地に足をつけてここから逃げ出すんだ―――そうやって甘い希望を見ていた、正にその瞬間。
「どこへ逃げる気だい?」
「?」
地上で、ニヤッと不敵な笑みを浮かべた学院長と目が合って。
「風の精霊よ!!」
次の瞬間、まるでスプリングが弾かれた勢いでケイニスの体はまた空中へ弾き飛ばされ。
まるで魔法のごとく綺麗に、自分が破ったガラス窓を通って、元いた部屋に送還されてしまったのだった。
図ったかのようにカーテンが閉められ、部屋中には希望を遮る暗闇が覆いつくし。
「任命書にサインをしてくれれば」
イブニア王女――いや、頭のいかれたヤンデレ幼馴染は、ニヤッと笑って紙をひらひらと振って見せた。
「お兄ちゃんは一生、私のものだよ?」
ケイニスはもう一度、泡を吹いて気絶してしまった。
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