3話  第3王女の正体

なんで王女が俺を?


授賞式が開かれるホールに向かいながらも、ケイニスは頭の中でその質問だけを繰り返していた。


いや、本当になんで?平民風情が王女様を謁見えっけんする機会を蹴り飛ばしたのに?不敬罪で逮捕されてもおかしくないのに!?


これはヤバいなと思いつつ、ケイニスは素直に控え室に座って、周りを見回した。


裏方の人たちが忙しく走り回っている中、学院長は何故か笑顔のままケイニスの肩をとんとんと叩く。



「よかったな、ケイニス。王女様はお前のことをお気に召したようだぞ」

「はい?な………何故ですか?」

「お前の謙遜な態度を高く買ってくださったのだろう。なにせ、この王国には実力こそ半端者なくせに、異様に威張いばる輩が多いからな」



それは、ケイニスも知っていることだった。


王国が滅びてしまった主な理由は、国の全体的な戦闘力が足りていないからだ。


もちろん、その他の様々な原因が混在しているが、国を維持するためにもっとも必要なのは適切な国力。


しかし、王国の中では口だけが達者な貴族たちがあまりにも多かったので、帝国の侵攻にコロッと逝ってしまったのである。



「期待してるぞ、ケイニス」

「………はい?」

「第3王女様は未だに己の護衛騎士を持っていない身。その点、お前には勝算があるかもしれないぞ?」

「いえいえ、自分には護衛騎士の責任なんて務まりません!!」

「いや、務まるはずだ。俺はそう信じてる」



学院長はもう一度ケイニスの肩を叩きながら、こう考えた。



『王女様方の争いを防ぐためにも、王国の未来のためにも!!必ずこの子を護衛騎士として推薦すいせんしていかなきゃ』



そして、学院長に励まされているケイニスは引きつった顔で、こう考えた。



『くそ、どうしてこんなことに……!何があっても護衛騎士になるのだけは避けなきゃ……!!』



といっても、ここは授賞式が開かれるホール。


そして、王女が自ら自分に会いたいという意思を表明した辺り、自分に逃げ場はない。


こうなった以上、正面突破をするしかない。処刑されない辺りの線を守りながら、王女相手に無礼を働くのだ。


そうすれば俺は王国のブラックリストに乗り、二度と王女に近づけなくなるだろう。


よっし、完璧な計画だ。ケイニスは薄ら笑いを浮かべながら、どんな奇行をするか悩み始めた。


うん、やっぱりこんな場面では赤ちゃんになるのが一番だろう。


従って、ケイニスは王女の質問にすべてオギャって返すことにした。



「間もなく授賞式が始まります!受賞者は全員、ご準備を!」



さすがは王国一のイベントと言うべきだろうか。


授賞式が開かれるホールの中はもう人がひしめき合っていて、観客の中には王国の騎士団長や公爵、伯爵といった様々なお偉いさんたちが集まっていた。


今回、ケイニスと一緒に壇上に立つ受賞者は合わせて5人。


その中の誰もが、今から王女に謁見するという事実に緊張し、深呼吸を繰り返していた。


たった一人、ケイニスを除いて。



『何があっても本物の赤ちゃんみたいにオギってみせる』



授賞式が始まり、司会進行役の学院長が謹厳きんげんな声で場を鎮める。ていうか、あの人が司会者だったのかとケイニスは舌を巻いた。


式はとどこおりなく進行され、ついに王女が姿を表す。



「おお、王女様……!」

「イブニア王女様は王国一の美人と呼ばれている方だからな……本当に素敵なお方だ」

「さすがは、第3王女様……眩しくて顔が上手く見えないぞ!!」



いや、距離が遠いから見えないのが当たり前だろ。


ケイニスはそう思いながら、中央に座っている王女の顔を遠くから眺める。あれ?あの顔、どっかで見たような……。


ケイニスが違和感に囚われながらも、式は着々と進み。



「カニア祭の優勝者、1-Bのケイニス!」



そして、自分の名前が呼ばれたその瞬間、ケイニスは卑劣な笑みを浮かべた。


よし、ついにこの時が来たか。ここでちゃんとオギャって社会的に埋蔵まいぞうされた後、合法的な退学を決めて田舎に帰ってやる。


ケイニスは踊る気持ちを必死に押し殺しながら壇上に上がり、王女の前でひざまずいた。



「この度、こうして王女様にお会いすることができて誠に光栄でございます。ケイニス・デスカールと申します」

「………顔を上げろ」



心なしか、王女の声色が少しだけ震えているような気がした。


よっし、これからだ。これから王女の質問にすべてオギャりさえすれば………。



「………………………………………………………………………おぎゃっ?」

「…………ふふっ」



しかし、王女の顔を確かめたその瞬間、ケイニスの頭は文字通り真っ白になってしまった。


なにせ、目の前にいる第3王女、イブニア・フォン・アインツハインは……。



「お久しぶり、お兄ちゃん……♡」



自分がまだ田舎にいた時、24時間面倒を見てやったお隣の娘さんの、イブだったから。



「じゅるっ……あ、ふふっ。失礼いたしました」



あまりにも鮮明に鳴り響く、舌なめずりの音を聞いて。


ケイニスは、跪いた姿勢のまま後ろにパタンと倒れてしまった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る