2話  受賞を拒否したいです

全国の若き天才たちが集まるロサリオ学院の最大イベント、カニア祭。


そのカニア祭で、入学して半年も経ってない一年生が優勝を掴み取れたらどんなことが起きるか?答えは決まっている。


話題になって噂が立って、王国のすべての人が彼の名を知ることになるのだ。



「くそ……!なんで、なんでこうなった……!!」



その輝かしき優勝者、ケイニスは両手で頭を抱えながらぶつぶつとなにかを呟いていた。


おかしい。なんで優勝した?ていうか、こいつら弱すぎないか?


天才たちが集まった学院なのに!?なんで、なんで剣を一回振るっただけでみんな倒れるんだよ!!おかしいだろ、この学院!?



「素晴らしい実力だな。こんな逸材を見るのは久しぶりだ」

「ありがとうございます……」



学院長は伸びた自分の髭を撫でながら、実に満足そうに言う。


ケイニスはぎこちなく笑いながら、ぎちぎちと頭を下げるしかなかった。


ケイニスは今、カニア祭の授賞式を控えて学院長室にお邪魔している。


学院長に授賞式の流れと優勝者への栄光……すなわち、王国の騎士団に入団するメリットについて説明を受けるためだった。



「ケイニスだったか?さすがは王国唯一のソードマスターの弟子だ……素晴らしいとしか言いようがない」

「はい?ソードマスター?」

「ああ、知らなかったか?お前の師匠はあのアーサー・デブレインなんだぞ?王国の剣と呼ばれ、様々な戦場で戦果を積み上げてきた王国一の実力者だ」

「……………………………………………」

「その表情を見る限り、どうやら本当に知らなかったようだな」



ケイニスは必ず師匠の枕にうんちを出してやると決心しながら、無理やり口角を上げた。



「それで、授賞式の流れについて説明しよう。ああ、ちなみに君は司会者の指示に従ってくれればいい。あくまで簡略的な流れだけを知っていれば問題ないからな」



それから始まる説明を聞き流しながら、ケイニスは必死に頭を捻り始めた。


どうしよう、このままじゃ夢見ていたスローライフを送れそうにない。


今のケイニスが踏んでいるルートは出世、それも超高速出世ルートだ。


王国の騎士団に入って王女の護衛騎士として抜擢ばってきされ、王女の傍を守りながらバッドエンドを迎える……そんな最悪のルートである。


なんとかして、この悪循環から脱出しなければ。


そのために、ケイニスは堂々と学院長に歯向かうことにした。



「申し訳ございませんが、学院長」

「なんだ?」

「今回の授賞を、拒否していただけないでしょうか」

「なっ……!?」



学院長の眉根がひそめられる。当たり前な話だ。


カニア祭は学院のみならず、王国でも大いに話題になっている大イベント。


そんな栄えある授賞式に、優勝者が参加しないなんて?これは前代未聞の出来事だった。



「自分は小さな村から来た卑賎ひせんな平民。カニア祭の優勝者という肩書は、自分にとっては少々身に余る光栄だと思います」

「なら、王国騎士団の件も……?」

「はい。僭越ながら、お断りさせていただきたいです。俺は自分が生まれた村に帰って、村のみんなを守るだけで満足ですから」

「……君には出世したいという欲求がないのか?またもない機会だぞ」

「世に名を轟かせることだけが、人生のすべてではないじゃないですか。俺は、故郷の人々を守りたいです」



おまけに、俺が出世したら王国も滅びますしね。


そう言い加えたい欲求を必死に押し殺しながら、ケイニスは深々と頭を下げた。


どうだ、学院長。面と向かって断られるのは初めてだろ?おまけに、学院長はこんな機会を蹴り飛ばした俺を情けないと思うに違いない。


授賞を拒否すれば、王国騎士団にも入らずに済む。俺が目立つこともなくなるだろうし、王女と会うイベントだって起こらないだろう。



「この授賞式には第3王女様もお出ましになる。上手く行けば、王女様に顔を覚えてもらって未来の護衛騎士として活躍するかもしれないんだぞ?」

「自分の卑賎な実力で王女様を護衛するだなんて、とんでもないです。王女様の護衛騎士になるのはこの王国でもっとも強い騎士にだけ与えられる栄光。自分より相応しい者が、必ずいるかと思います」

「…………」



言葉だけはそれっぽいが、単に出世したくないケイニスの悪あがきである。


学院長はしばらく考え込んでから、ゆっくりと頷いた。



「分かった。君の真意がそうであるなら、私から言えることは何もない。ただし、この出来事は私一人が決められるようなことじゃない。とりあえず、王女様に許可を取ってもらう必要がある」

「ありがとうございます、学院長」

「うむ……とりあえず自分の部屋に戻って、次の指示を待つように」

「はい、それでは」



ケイニスは心の中で歓喜の声を出しながら立ち上がった。


なにせ、王女が直接顔を出した授賞式で謁見えっけんを拒否したのだ。無礼極まりない行為だし、これで間違いなく王女にも悪い方向で目を付けられるのだろう。


そうすれば、王室と関わる可能性もみるみる減っていく。その間にとにかく合法的に退学され、田舎に帰ればすべてがOKなのだ。


鼻歌を歌いたいのを堪えながら、ケイニスは学院長室を出て行く。


そして、広い部屋で一人取り残された学院長は。



『なんてヤツだ』



ケイニスの言葉を思い返しながら、彼を褒め称えていた。


あれほどの実力を持っていながらも、自分を謙遜するあの姿勢。


学院長である自分を相手にしているにも関わらず、自分の思っていることをしっかりと伝えるあの勇気。


出世にはまるで関心がなく、ただただ故郷の人々を守りたいと願う強い信念。


貴族の子息たちが見せる傲慢さとはかけ離れているその態度に、学院長は感服するしかなかったのだ。



『絶対に手放してはいけない人材だ』



それと同時に、学院長は親友―――アーサー・デブレインが言ってくれた言葉を思い出す。


あいつは俺を簡単に超えられる化け物だ。混乱を極めている今の王国を救える、最強の剣士になるだろう。


なにがあっても、あいつを田舎に帰らせてはいけない。


奴隷のごとく、王国のために仕えさせなければならないと。



『やはり、イブニア王女様の護衛騎士には………』



あいつが適役だなと思いつつ、学院長は薄ら笑みを零した。


そして、30分後。



「王女様がお前に会ってみたいとおっしゃられていたぞ」

「???????????????」



ケイニスは、何かが間違っていると思うしかなかった。

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