第15話 俺っち、格ゲー修行を始める

 一時期流行った黒にhマークの帽子を被り、片手にスキットルを持った酒臭く、そして胡散臭い四十がらみの男、夢原。


 このリハビリ中のアルコール依存症が純の格ゲーコーチを買って出た。明後日には花崎との再戦が待っている。


 藁にもすがる思いで、夢原にコーチングを求めた純。クー子も無論同意だった。ただ姉の音々ねねが気が進まない様子だったのは気がかりだ。


 確かに快癒に向かっているとはいえ、リハビリ中の依存症が自分を指導するのは気が気でないだろう。弟思いの姉ちゃんのいつもの取り越し苦労だ、純はそう理解した。


 それにしても遅い。バト2の練習をしながら夢原を待っているが一向に現れない。コマンド技を夢原から伝授してもらいたいのに。


 「遅くなった〜スマソ、スマソ。」


 さほど面白くない軽口を叩きながら夢原がようやく病室に現れた。オッサンさん、遅いじゃないかと純。マッタク!これだからアル中は、と怒るクー子。


 いやさ、チト野暮用でさぁと夢原は言い訳をしながら、プレステのコントローラーを握る。


「次の病院に移るハナシがさぁ、今日になっちまって。悪いなぁ、コマ技*、一個教えてやるからよ、堪忍してくれ。」


[註]コマンド技の略。玄人が好んで使う格ゲー界のスラング。


 え〜一個だけ?と目をむくクー子。ともかく早く教えてくれと純。分かった分かったと言いながら夢原は、空手家リョウの必殺の足技、烈風脚を連発してみせた。


 その見事な指捌きに純とクー子が息を飲む。買出しから戻った音々が、どうぞと一言だけ添えて夢原にお茶を出す。


 「いいか、坊主。この烈風脚を一つ覚えれば、素人相手なら十分に闘える。」


 押すボタンによって大中小を使い分けろ、烈風脚は方向キーを↓↙←の順で入れると同時に(✕)ボタンを押すんだ。


 夢原の顔からは酔いが引き、そこには格ゲーマーの厳しい眼差しがあった。


つづく

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