リーエは町へ帰りたい
女神の逆鱗に触れたあの夜から3か月が過ぎた。
季節は夏の月の後期の3週目。私は故郷に帰ることはもちろんできてないし、大親友のハグミと会うことすらできてない。
モーケル商会の会長の娘。そんな身分が私の自由を奪って、好き勝手な振る舞いを許してくれない。
「ね~、ハグミ達に動きはないの~?」
退屈で仕方がない私は侍女のメイに問いかける。
「リーエ様。毎日のように尋ねられても困ります。あの町の者に動きがあれば連絡が来る手筈になっているので連絡があると説明してるではありませんか」
「だって~……」
この3か月何度も繰り返した似たようなやりとりに、メイはうんざりと言った表情をしながらをしながらでも丁寧に対応をしてくれる。私としてはもっとラフな感じで話したいんだけど、立場の違いをはっきりさせて関わるのが彼女の仕事のルールなんだとか。
私はあの狐の元女神様をかばって以来、商会内で微妙な立場になってしまった。
女神の逆鱗に触れてしまい、女神信仰を再開すべきって意見の権力者からは良い印象をもたれているみたいだけど、女神信仰はきっぱり止めるって意見の人達からは大戦犯に思われてるんだとか。
幸い、私の魔法『成長促進』は受け入れてもらったコーザンの世界樹の町でも活躍できている。
だから、この町の食料自給のために重宝されているんだけど、あの夜の悲劇を思い返すと魔法に頼って町に住んでいるとあの悲劇を繰り返しそうで心境は複雑。
魔法を使わない生活に切り替えたいけど、この土地は枯れすぎてて、魔法を使っても野菜はホーサクの世界樹の町ほどの品質で作ることはできずにいた。
「ホーサクの町に帰りたいよ……」
「気持ちは我々も同じです。ですが、恩を売らねば私たちに帰る権利などあってないようなものではないですか」
春の月の終わりぐらいに女神様とハグミらしき二人組が大量の家畜の餌を買い込んだって話が入った。
──酪農業でも始めるつもり?
なんて思ったけど、あの町に戻った酪農家がいるって話は聞かないし、家畜を買ったって報告も上がってこない。
部下たちから続報を待っていたら、ウチの商会の過激派たちが土地の確保のためにこの地域の女神信仰者かつ先住民だった農家の一族を追い出したって知らせが来て頭を抱えた。
しかもその一族はホーサクの町へと移り住んで、ハグミ達と一緒に農業を始めたらしい。
この土地であの一族にうちの商会がしてしまった仕打ちを聞いたら、あの女神様だけじゃなくてハグミにすら嫌われてしまうかもしれない。
過激派を攻め立てたけど、反省してないし、女神信仰再開派の人達すらこの件を恩にしてしまえって言い始める始末。
「人手が足りてないホーサクの町に女神信仰者である農家を向かわせるきっかけに多少の圧をかけるしかなかった……、ということにしましょう」なんて身勝手が過ぎるでしょって、賢くない私ですら分かったのに。
恩を売る。恩をきっかけに私たちがホーサクの町へと帰るように誘導する。そんな策略があるらしいんだけど、商人というのは本当に手段を問わないらしくてがっかりした。
ハグミ達が何を買うかの情報を仕入れ、食べ物を買うなら売値を吊り上げ、金銭的な不安をかける。木材や家畜などでもそうやって値段を吊り上げ、ホーシ商会の財力を削って、町の運営が立ち行かなくするまで追い込むらしい。
この意見にはさすがに私以外の人達からも反対意見が上がったんだけど、抵抗した人たちは魔法で作られた屋敷に軟禁状態。だから私もメイもここに閉じ込められて何もできずにいた。
夏の中期へと季節は変わり、続報が入ったかと思えばハグミ達は大量のベリー類と、大量のハーブを買い占めたとのこと。
収穫するにはかなりの時間がトウモロコシを育ててる時点で理解ができなかったのに、何の腹の足しにもならないような食料を買い占めてるって聞いて血迷ったかなんて思ったけど、異常はそれだけではなかった。
次の購入に備えてハーブとベリー、一応として他の食べ物の値段も吊り上げ、別のウミベの町でも同じ価格調整をしたのにホーサクの町から買いが入らないと、過激派の人達が困惑している。困惑したのはその反応を見た私も例外ではなかった。
人が過ごすには食べ物がいる。食べ物は収穫できなければいずれはそこを尽きる。
食料が尽きれば買わねば食べ物は手に入らないし、食料価格の暴騰に備えてまとめて買えば一気に腐るというものだ。
ましてや、買ったのはベリーやハーブ。どちらも長く持たないうえに、季節は夏で腐敗は早い。
──なのにどうしてあれから動きがないんだろう……?
あの土地で魔法を使った栽培をしているだけかもしれないけど、植物を育てる魔法は地力の消費が激しいとあの女神2人が言ってたことだし、それはホーサクの世界樹のことを考えるとありえないはずだ。
もし、あの時買っていたトウモロコシの種を撒いて順調に育っているなら収穫時期はもうそろそろで、食べ物問題の解決になるかもしれないけど、私の見立てではもうホーシ商会の財力では資金に余りは無いはず。
少なくても収穫物を売って資金を作らないとこの先の取引に制限がかかるはずなのに、ハグミはいったい何を考えているんだろう。
ハグミは野菜を育てる才能は無いけど、商才だけは私が認めるくらいには確かな腕があったはずだから今の状態にはあの女神様が関わって何かをしているとしか思えない。
「なんだか、部屋の外が騒がしいですね」
思考の渦に囚われていた私は全然気づいてなかったけど、メイに言われて部屋の外へと意識を向ける。
ずかずかと歩く足音は誰かがイライラでピリピリしてるとしか思えない感じがあった。
「ええぃ、なぜホーシ商会は何の動きも見せぬのだ……」
ことが上手くいかないことに癇癪気味の権力者が部屋の外にいるらしい。
ちょっとしたことを閃いて、私は一か八かの賭けにでることにした。
部屋の扉の前へと移動する。部屋の内側から廊下にノックするのも変だなと思いつつ、コンコンと扉をたたいた。
「む? なんじゃ?」
「モーケル商会の娘のリーエです。心中お察ししたうえで、ちょっとした提案があるんだけど」
「……聞くだけ聞こうではないか」
「私がホーサクの町に戻って状況を見てくるのはどうかなって思ったんだけど」
「バカをいうな。そういって裏切るのであろう──」
「──裏切らないよ。私はあの町に帰りたいから恩を売るって考えに賛同することにしたの。私はハグミと幼馴染だし、あの夜狐の女神様をかばったし、印象は悪くないはず。魔法であの土地を見張れないなら私が見に行くのが適任だと思うけど?」
正直、口から出るがままに嘘を言ったけど、後半部分は自分でも間違えてないとおもうのだ。
様子を見れば私もすっきりするし、モーケル商会がどんなことを考えて動いているのか向こうに話を流せるだろう。お金の援助とかは疑われると思うから持たせてもらえないだろうけど、それでも軟禁されているよりずっといい働きができそうだ。
「ふん、悪くはない考えだな、そういうことなら他の物を集めて話をしてみようではないか、しばらく待て」
「りょ~かい」
話が上に行くだけでラッキー。断られたらずっとここでモヤモヤするだけだろうし、今のとこ流れはよさそうだ。
「リーエ様……、何のおつもりですか?」
「聞き飽きるほど聞いたでしょ? 私はかえってハグミに会いたいの」
しばらくたって、軟禁部屋の扉が開かれる。
「リーエ嬢。あなたに我々からの依頼がございます」
「はいはい、なんですか~?」
「ホーサクの町へと戻り、ホーシ商会の動向と女神についての情報を探りを入れてきていただきたい」
──よしきた!
「おっけー、さっそく荷物まとめるね!」
「お待ちください。持っていく荷物は我々で準備したものだけでお願いします」
「えー、着替えとかおやつとか自分で選びたいよー」
「何かしらの援助をホーシ商会にされるとこちらとしても計画が崩れる原因となってこまりますので、この条件を受け入れてもらえないのであればこの度の話しは無かったということで」
「いやだ! わかったよ。それでいいからそんなこと言わないで!」
「それと、私の従者をお供として同行させますが、よろしいですかな?」
いいえとは言わせないぞ、という圧力をかけられて気分が悪い。名前も知らない権力だけ持ったおじさんのくせに……。
「わかったよ……」
とはいえ、賭けには勝った。久しぶりに生まれ故郷に帰って親友に会えると思ったら多少のことは気になんないし、むしろ気分は上がるというもの。
ともあれ、帰れることにはなったわけだし、とりあえずはこれでよしってことにしよっかな。
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