夏の月が始まる トウモロコシ

 異世界で初めての夏が来た。私が過ごした元の世界では季節の変化ってある程度緩やかだったけど、この世界ではどうやら違うらしい。


 昨日まで家の近くや廃墟の町の近くでは桜が咲いている木が多かったのに、いきなり桜は全部散ってしまって、青々とした葉が生い茂っている。


 そよそよと吹く心地よい風やぽかぽかとした温かい陽の光はどこえやら、じめじめとした熱気を含んだ空気に変わって、空には大きな入道雲が浮かんでいる。


 昨日までは一匹も鳴いていなかったはずのセミの大合唱が、家の扉を開けるなり聞こえて来て、この世界の季節はこんなにも一気に変わるのかと驚いた。


 畑の野菜はすべて枯れると聞いていたから、収穫を終えた野菜は引っこ抜かずにおいていたんだけど、ものの見事に全部が枯れてて、引っこ抜くと何の抵抗もなくずっぽり抜ける。これならこの枯草たちもいろんな用途に使えそうだし、ほっとした。


 枯れた野菜を引っこ抜いたあとに、仮置きるスペースを畑の隅にいくつか作って、今日の作業の予定を頭の中で考えた。


 種まきは……、今日はしなくていい。するとすれば畑の枯れ草掃除を兼ねた、土壌づくり。畑を耕して、枯草を混ぜ込んでって感じにしようかな。


 今日はできることなら種を植えるところまでしたいけど、始めに撒く野菜は種から育てるより、ある程度まで苗を育ててから植えた方が育てやすい。だから、急がなくてもいいかなってことで、育った後の苗を植えるための畑の仕込みに取り掛かろうと思う。


 この畑ではジャガイモばかりを植えていたとハグミが言っていたから、気を付けないといけないのが連作障害。


 ジャガイモは芋だけどナス科の植物だから、実は夏野菜の代表格トマトやピーマンそれこそ、ナスとは相性が悪い。育たないことは無いけど育ちが悪くなるから、極力避けて違うものを植えないといけない。


 そこで、私がハグミから任された商会の資金で初めて購入した野菜はトウモロコシ。私にとっては土壌改善の相棒とも思っている頼もしい野菜なのだ。


 トウモロコシの特徴と言えば2メートルすら超える背丈となる茎。そんな巨体を支えるために、根っこもとんでもないくらい長く伸びて、地面にしっかりと根を張る。これが実は水捌けの悪い土地と相性がかなりいい。


 根っこが強いから、ある程度地面を耕しておくと、ぐんぐん伸びて強い根を張る。根を張った後も下へ下へと根っこが伸びて、やがては耕してない部分まで根が伸びていく。それでも根っこはまだまだ伸びる。例えるなら……、うーん……、そう! ドリルのように?


 ぐんぐんとひげのようにたくさんの根っこに分かれて地面の中へと広がっていく。この効果がなんと土を耕したのと同じ効果を持っているらしいのだ。実際トウモロコシを植えた後の土壌は、がっちりとした土壌はほぐれ、ほぐれた地面の水はけは良くなる。なんとそれだけでは終わらないのがトウモロコシのすごいところ。


 トウモロコシは根が強い。フィジカル的な意味で根が強い。これは野菜の倒れにくさに関わってくるから軽視できない。


 夏で野菜が倒れると言えば台風だけど、万が一に台風でトウモロコシが倒されても、茎が折れてさえなければ手を出さずとも1週間ぐらいで元気に起き上がる。シンプルに踏ん張りが強くて、台風の影響を受けにくいのはそれだけでも心強い。


 それに、商品として出荷せず食べたり奉納に使うなら、多少倒れて傷ものになったとしても気にしなくていいはずだし、デメリットらしいものが見つからない以上、かなり今の私にとって都合がいい。ゲームでもお世話になったけど、この夏はお世話になりそうだ。


 あれこれ考えると、まだ種を撒く段階でもないのに、期待で胸がわくわくとする。考え事はこれくらいにして、作業に取り掛かるとしよう。


 まずは畑に埋まりっぱなしの枯れた野菜を引っこ抜いて、いったん隅に避けておく。立ってしゃがんで立ってしゃがんで、真夏の炎天下、強い日差しにさらされながらの作業だけど、不思議と暑さやしんどさは感じない。


 クワをどれだけ振るっても全然疲れないし、力を入れなくてもしっかりとクワが地面をとらえて、土を掘り起こせた。


 こんなに体力仕事は得意じゃなかったはずだけど……。まぁ、これは多分私が今は人間じゃなくて女神になっているのが理由なのかもしれない。


 結局何の苦労もなく、夕暮れ前までにすべての畑を耕すことができた。


 広さで言えばどれくらいになるんだろう……、100×100メートルの畑、つまり1へくたーる? って言われてるはずの単位の畑が10個分ぐらいなのかな。


 ゲームではない実際の私のじぃじとばぁばの畑では1ヘクタールの畑を機械をつかって1時間で耕してたはずだから……、8時から15時までで10ヘクタールを手作業でやった私は相当おかしいハイペースで作業してたことになる。女神パワーは恐ろしい……。


 でも、私がそんなことをしても、もう誰も騒がない。みんなが慣れたとかじゃなくて、みんな移住の受け入れ先が決まって、私のことをいつもご乱心って言ってたおじさん達も、なついてくれた子どもたちも別の町へ引っ越してしまった。


 少し寂しい……、いや、正直言うとかなり寂しい。鬱陶しいと思ってた阿鼻叫喚も、小生意気だなと思っていた子どもたちのことも、なんだかんだ私は日常の中の楽しみに思っていたのだと気づかされた。


 たった2週間の交流でしかないけど、やっぱり別れは寂しい。まだ、世界樹に行けば姿は見せてくれないけどメギがいるし、何日かに1回はハグミが家に帰ってきてくれるからマシだけど、一人だったらこの土地を離れて、別の町へ移動してたかも?


 まぁ、そんな発想が冗談じゃなくて本当になるかもしれないくらいにはだれかとの交流に飢えていた。


 どうせ陽が沈んでも、家に帰ってもだれもいないし、ご飯を食べなくてもお腹はすかない。寂しさを感じるしかない家に帰るぐらいならと、私は陽が沈んでもお構いなしに農作業を続ける。


 耕した土の中に、抜いて避けておいた枯草を細かくちぎって地面に混ぜ込む。

茎とかは細かくせずにあえて土の深いところへと埋める。


 幸い、ジャガイモをハグミが植えまくっていたおかげで、土にかなりの枯れ草を混ぜ込むことができたから、土の中の微生物の性化も期待できそうだ。


 混ぜ込む作業をしているときにはもう日は沈み切って、月夜の下で作業を続けた。夜目が利くのか、街の明かりも畑を照す光も全くなくて、ほのかな明るさがあるのは月明りぐらい。混ぜ込む作業が終わるころには再び陽が昇り始めていた。


 

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