女神ブチ切れ大暴れ
お祭りの屋台で両手いっぱいに食べものを補充した私は、リーエに案内されて、モーケル商会の建物の屋上へと移動を済ませていた。
ちょっと食べ物を貰いすぎていたのもあって、焼きトウモロコシをメギにおすそ分けする。
いらない、って顔をしたけど、今から大きな一仕事をするなら腹ごしらえが大事って言うと渋々ながら食べ始めた。今更だけど、あの女神様が今はこんな姿でごはんを食べていると思うと少し和む。あの女神様に餌あげてる行為なわけだし……。
「にやにやするな」って言われるけど、メギの見た目はキュートでモフモフの狐なんだし、自分がどれだけ癒しの見た目をしてるか自覚してほしい。さすがにどう頑張っても無理なことはある。私の表情筋鍛えてないからたるんでてすぐ緩む。にやけるのも不可抗力。仕方ないことなのだ。
『これにて、今年の収穫祭を終わります。最後にモーケル商会、前会長からのご挨拶があります──』
時が来た。というのは大げさかもしれないけど、ここまではリーエから聞いてた話通りに事が進んだ。
アナウンスがあってリーエのお父さん、モーケル商会前会長のモーケルさんが商会の建物の前に置かれたお立ち台の上に上がって、皆の注目を集める。
お偉い人を後ろの、それも高いところから見下ろすなんて不思議な感じだ。
今、私がいるところはモーケルと同じ商会の中央、お立ち台よりさらに上の屋上なんだから、お偉い身分になった気分になる。でもまぁ、実際のとこ、私は神の身分で下のみんなは人なんだから間違った発想でもないんだけど……。
そんなことを考えて合図を待つ。手筈だと、演説の途中にリーエが乱入して、私にいい感じで振りをくれるってことになってるから、今食べてる焼き芋を片付けておきたい。どうか間の悪いタイミングで振られませんように。
「みなさま、今年の収穫祭はいかがでしたかな? 今年はホーシ商会からモーケル商会へと運営を変え、収穫物を姿形のない神様たちに収めるのではなく、ここで暮らす皆様に還元するというお祭りにしてみました、どの屋台もわが商会の自慢の品々だったので、お気に召していただけていれば幸いです」
モーケルさんの話しに、外野が『おいしかった~!』『楽しかった!』『来年もこの調子でやってくれ』って盛り上がる。
「喜んでいただけでなによりです。そこでですね、我々は一つこの町のある風習を少し風変りなものに変え、一人でも多くの人が笑顔にできればと思っている構想があるのですが、少々聞いていただいてもよろしいですかな?」
上から見ても分かる。モーケルさんは言動で敵を作りやすいんだろう。支持してる人と、忌み嫌ってそうな人が大衆の前列当列ではっきりと分かれている。
モーケルさんの話しに、前側の人は心して聞くという姿勢に対し、後ろの人たちは悪態をついて、ちょっと雰囲気が悪い。でも、私の味方になってくれそうな人達はどちらかと言えば後ろの人達なんだろうし、気持ちとしては少し複雑。
「女神への奉納を完全に断ちましょう、神も守るべき民が笑顔であるのが一番と思ってくれるのではないでしょうか? この町の古くから伝わる奉納で野菜がどのように扱われているか、今一度確認いたしましょう」
メギが焼きトウモロコシを食べ終わったのか、下でしゃべるモーケルさんを見下ろす。何を言いだすのか気になるのかも?
「世界樹に奉納した野菜は土の上でほったらかし、朽ちて無くなったらまた野菜を奉納してほったらかし、腐って、朽ちて、虫が湧く。いいですか? 他の町での奉納物は、新鮮なうちに下げて、皆で食べる。もしくは火にくべ焚き上げる。意味もなく腐らせているのはこの町の悪習なん──」
モーケルさんの演説が途中で止まった。どうやら邪魔者が入ったらしい。
何事!? って思って目を凝らす。遠目に見て……、もさもさしてて、モフモフのしっぽが特徴的……。どっからどう見ても乱入したのはメギだった。
隣にいたはずなのにどうやってあんなところに? って思うけど……、飛び降りたんだろう。さっき、後ろに下がって勢いつけて走ってたし……。
飛び降りたメギはモーケルさんの頭の上に着地。
頭の上に着地した重みで、モーケルさんは舌を噛んでそのまま倒れこんだ。
「よいか、皆の者。この愚かな外のニンゲンの言うデタラメなぞ信じてはならぬ。妾が人の言葉をしゃべるからと言って驚く出ないぞ。狐じゃ喋って当然だと思っておけ」
メギの口調に、思わず『誰よ……』って突っ込みそうになる。余所行きモードというか、神様モードというか、そういう一面があるんだろう。威厳がありそうな喋り方なのに、ビジュアルとサイズ感のせいでイマイチ貫禄がない。
「妾は世界樹に宿る女神の使い……メギである。この地で失われた信仰を取り戻すために人間界へと降りてきた」
会場がどよめく。ただ、喋る狐に驚いているのか女神ってところに驚いているのかはわからない、少なくとも今のところは誰もモーケルさんのことは心配していなさそうだ。
というか……。今の状況は完全に当初の予定と全然違うんだけど……、大丈夫……?
下を見てリーエを探す。踏みつけられた父親を見て、愉快に笑って楽しそうだ。ツボりすぎてて、明らかに作戦に支障をきたしてそう……。今私が出ても変な空気になりそうだし、もう少しタイミングを伺おうか──。
「おい狐、どんなトリックでしゃべってるのかしらねぇけど、祭りの雰囲気こわすんじゃねぇよ。すっこんでろ」
一人の男がお立ち台へと近づいてくる。男が手をかざすと、後ろで縄と樽が浮かび上がった。
「ふむ……、動物用の捕獲魔法か。そんなものを妾に向けるな。『お前の魔法の使用権限をはく奪する』」
ロープや樽が浮かんだだけで、え? ってなってたのに、メギが一言そういうだけで、男の後ろで浮かんでいたロープと樽が地面に落ちた。そして、その後は何度試しても再び道具が浮かび上がることは無い。もしかして──メギが魔法を使えなくした?
「他の物も見たであろう? 妾に歯向かうでないぞ。従順なうちは魔法の使用権限を奪わないからな。なに、悪いようにはしない。そこで伸びてる男の虚言を聞くのではなく、神の使いとなった妾の話しを聞いてほしい」
そう切り出して、語り始めたのは枯れそうになっている世界樹のことと、魔法の使用を控えてほしいこと。他にも、今以上の奉納をしないとそう遠くない未来に世界樹が枯れて魔法が使えなくなること。バカな私でも分かるくらいまっすぐな言葉でみんなにお願いした。
最後の方は取り繕ったえらそうな言葉じゃなくて「たすけて……」と懇願し、頭も下げる狐に誰も野次を飛ばせない。魔法が使えなくなる瞬間を見たのもあるんだろうけど、少なくとも今いる住民にメギの言葉は届いたはずだった。
──なのに
この町の生活がよその町よりも行き遅れているのは、古臭い風習のせいだ。
枯れそうになっているのは女神の管理が悪いからだろう。
いい加減なことを言うな。
もう付き合ってられない。
奉納する野菜があればいくらでも金が作れる。
金があればいくらでも他の町に追いつける。
枯れるなら勝手に枯れちまえ。
たくさんの心無い言葉がメギに浴びせられる。踏みつけようとしたり、道具で殴りかかろうとしたりするニンゲン達から守ろうと、リーエがメギをかばってくれたけど、土や石。靴やトマト、タマゴとかがリーエとメギに向かって投げられて、二人ともべとべとのぐちゃぐちゃになってしまった。
女神信仰の風習を断ち切るために、神の使いとして現れた狐を打ち取ろう。
そんな思想を掲げたニンゲンが一人現れて、みんなが賛同して、暴徒になる。
今、私が何とかしないと、メギとリーエが本当に危ない。
本当にそう思った。だからもう女神降臨祭として乗っ取るためにとか、どうでもよくて、無我夢中でメニューを開いた。
ーーーーー
『世界樹』
『魔法』
「地図』
『施設』
『人物』
ーーーーー
魔法の項目をタップする。
ーーーーー
『神術魔法』
ーーーーー
『アマテラス』
『タケミカヅチ』
ーーーーー
事前の説明でアマテラスは枯れた大地ですら豊かな土壌に帰る奇跡の魔法と聞いていた。それともう一つ。タケミカヅチ。これは破壊を目的にしたあまりにも恐ろしい魔法と聞いている。魔法は項目をタップすれば発動するんだけど、今の状況で土壌を豊かにするアマテラスを使っても意味がない。
だから、私の指がタップした魔法は絶対に使うことは無いだろうなって思ってた破壊の魔法『タケミカヅチ』。
よほどのことがあってもそうそう使うなって言われたけど、二人のことを守れるなら何でもいい。二人に乱暴な真似をする大衆なんてどうにでもなれ、そう自暴自棄になって魔法を発動させた私の頭はいたって冷静だった。
私の怒りの感情が正しく大衆に伝わるように。でも、誰もケガしない程度で済みように意識できる限りでは手加減する意識だけしながら、あとは魔法にすべてを委ねた。
──空に雷雲が立ち込める。突然の豪雨と空を覆う黒い雲が空を覆う。あたりが真っ白になるほどの放電を繰り返し、落雷が始まった。
──町の各所に雷が落ちる。おいしかった屋台も、子供と遊んだ広場も全部壊す勢いで雷が街に落ちる。民衆はパニックになったようだ。
メギとリーエを襲っていた人たちも、雷から身を守るように建物の影に隠れながら散り散りになってどこかへ行った。
街の人が怯えた顔で私を見上げて泣いている──心が締め付けられるように苦しい。みんなを笑顔にしたかったのに。私は何をしてるんだろう。
この日の収穫祭は後に、他の町でも神の逆鱗に触れた最悪の日として語り継がれる事件になった。
世界樹は神術魔法を使い、私が来た時に4分の1ほどあった体力は20分の1ほどまで減ってしまった。もうこれ以上、好き勝手に魔法を使うと世界樹が本当に枯れると思って、町の人達の魔法の使用権限を一人残らず剥奪した。だからもう、この町に魔法を扱える人は一人もいない。
魔法で栄えた大きな町で魔法が使えなくなったのだ。しかも魔法が使えなくなった町は神の怒りをかったからとなると、住民は次第に町を離れ、行き場をなくした人だけが残った。
あれだけにぎわっていた町は雷の落ちたときの衝撃で建物がほとんど壊れたままだけど、誰も片付けようとしない。メギが外の人達を嫌っていた理由が今になって分かる。
自分が住んでいた町ではあったけど、儲かるから来ていただけ。金にならないなら助けないし、儲からないなら町に残る意味もない。そんな薄情でいい加減な人達ばかりだったなんて。私の残したあの夜の事件は元からいる町の人達にとっはとばっちりでしかなかったと思うと……。やり場のないモヤモヤとした気持ちで押しつぶされそうになった。
私の判断は間違いだったんだろうか、後悔はしていないけど、あれが正しい行動だったかわからない。他に何かできたかと言えば、何もできなかったと思うけど、あの場で私は無力過ぎた。
あの日からメギは口をきいてくれなくなった。リーエとハグミもどこに行ったのかわからない。
行く当てもなく、世界樹の祭壇があった部屋まで戻って、ちくちくして不快な寝床に寝っ転がる。
──寂しい。
正直私はこの世界のことを甘く考えすぎていたみたいだ。
──これからどうしよう……。
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