女神の力の確認をする
これまでの人生で、ここまで余計なことを言わなければよかったと思ったことはない。あんなに陽気で明るい女神様の表情が一気に冷めて、冷淡で何を考えているのかわからないほどの無表情になってしまったからだ。
私が『みんなが笑顔になった時には女神様も笑ってほしい』と口走ったあとの対応はとても簡素なもので、あのあと一言「わかりました」といって淡々と事務的に世界の説明を受けた。
でも、相手が女神様とはいえ、上手に取り繕った作り笑顔に気づいてしまったら私じゃなくても気になってしまうと思う。なにか訳ありかもしれないのに、私は無神経で女神様を傷つけてしまったのかもしれない。
「もうすぐ私の世界に移動するから」と言われたけど、私の内心はこんなにギクシャクした関係で新しい世界には行きたくないし、謝らなないと……、と落ち着かない。だからなにか言わないと思って──
「無神経なお願いでした、すみません……。あのお願い事は忘れてください」
──なんて口走って、また後悔した。傷つける発言をしたのに、言われた相手に言われたことを忘れろだなんて、私の無神経具合には本当に嫌になる。女神様も困ったのか、今度は取り繕わずに苦笑いを浮かべた。
「別にいいよ。ていうか、なんで私が作り笑いしてるって気づいたの?」
「説明は難しいけど、誰かの笑顔って私にとって本当に大好きだから、なんか取り繕った笑顔とか含みのある笑顔が分かるっていうか」
「ふーん……」
私の説明がどんな感じで受け取られたのかはわからない。ただ、軽く微笑みを浮かべた女神の笑顔は『変なの』とか『なんだそれ……』とか、いろいろな感情がこもっていそうな笑顔だった。
ーーーーー
私と女神さまが話していた空間が真っ白な光に覆われて、私の意識も強い眠気に襲われたように遠のいていく。ふわっとした浮遊感に包まれて、身体がぽかぽかと暖かい。
ゆっくりと時間をかけて身体がどこかに落ちて行ってるような感覚がする。
昔映画でみた青色の石を持った少女が、空から地上へゆっくりと降下するシーンを体験したらこんな感じかも? なんて思いながら浮遊感に身を任せ、しばらく心地よさに浸っていると浮遊感は消えた。
お腹の上に重みを感じる……。先ほどまでの心地よさは無くなっていた、背中にチクチクと何かが刺さり続けて不快だ。もしかして今寝っ転がってる……?
「サクナ、起きて」
女神様の声だった。みぞおちのあたりにお腹の上にあった重みが移動して、ぴょんぴょんとジャンプし始めた。重い。苦しい。むりやり起こそうとしないでほしい……。
まだ意識だけは夢の中にあるような感じがして、頭が少しぼんやりと重たい。
目を開ける。顔の前には小さな動物。耳がピンと立って尻尾がふさふさの狐が私の上にいた。目が開いたのに気づいたのか、顔を近づけてきて、のぞき込んでくる。
「起きた? 女神を祀ってる祭壇についたんだけど」
「狐がしゃべってる……?」
「うん、別に変なことじゃない。早く起きて」
「もしかして、あなた女神様?」
「うん、でも私はもう女神じゃないよ。この世界の女神はもうサクナ。私はただのしゃべる狐。メギって呼んで」
「それが女神様の本当の名前なの?」
「ううん。メギツネだから、メギ。あ、女神が狐になったからメギってことでもいい」
安直な名前すぎる気がするけど、これ以上失言を重ねるのはまずいと思って下手なことを言いそうになるのをぐっとこらえる。
「じゃあ、メギ。さっそくだけど、私は何から始めればいいの?」
「とりあえず起きて。女神の力の確認からする。まずはメニュー画面の開き方とか教える」
寝たまま聞く話でもないし素直に身体を起こす。私はどうやら藁のような植物が敷き詰めた場所の上に寝ていたようで、ちくちくして痛かったのはこれが刺さってたからだったらしい。
それにしても、女神を祀る祭壇か……。
周囲をみるけど、なかなかに不思議な場所だ。壁だと思ってたのは木の根か枝か、もしくは蔓か。外からの光が漏れていて、普通の屋内ではないことが分かる。部屋の四隅には淡い緑に光るキノコが生えてて、その周囲には蛍のようにゆっくりと点滅を繰り返す胞子のようなものが漂っていてとても綺麗だ。
特に気になるのはこの部屋の中央にある羽の生えた女の人が掘ってある台座のような何か。近づいてみると中に土が入っていたけど、何かが植えられてるわけでもないし、用途がよくわからない。
まぁ、いいか開始地点気にしたところで、意味ないよね。住む場所は別のとこだとおもうし……。
「え、住む場所ちゃんと家になるよね……? 女神だからって家に住めないとかないよね……? ここに住むのは嫌だよ? 部屋の真ん中のあれ邪魔だし、この部屋、雨とか降ったら絶対びしょぬれになりそうだし……」
「ねぇ、説明初めていい? 何ぶつぶついってるの?」
何か視線を感じて、はっと振り返る。
「あ、ごめん。メニュー画面……だっけ? この世界ってゲームの中なの??」
「女神の力をサクナが使いやすいように女神の力を設定した結果だから。別にゲームの中じゃないよ」
そんな大雑把に女神の力の使い方って変えれるのかって思ったけど、できてるってことは問題ないんだろう。考えても分かんないだろうし、気にしないことにした。
「どうすればいいの?」
「『メニュー画面を開くぞ』って意識すればいいだけ。でも始めの方はメニュー画面出て来いってイメージしながら念じてみるといいかも」
「なんかろいろ雑……」
「雑でもそっちの方が簡単なことだってあるし」
「まぁいいけど」
言われた通りにメニュー画面を出すイメージをする。すると目の前に半透明な白いメニュー画面が現れた。
ーーーーー
『世界樹』
『魔法』
「地図』
『施設』
『人物』
ーーーーー
「そのメニュー画面はサクナの世界にあったタッチパネルってシステムを応用してるから、感覚的な操作ができる。試しに『世界樹』ってとこタッチしてみて」
言われるがままに『世界樹』の項目をタッチする。ピコンという子気味のいい音を立てて、別の画面に切り替わる。
ーーーーー
『生命力』
『信仰値』
『地力供給範囲の設定』
『魔法の使用に関する設定』
ーーーーー
「なんか見たことない項目ばっかり……」
「その生命力は世界樹の体力だと思っていいよ。これが尽きたら世界樹は枯れちゃう。サクナと世界樹は連動してるから、枯れたらどうなるか分かんない」
「え? もうすでに体力4分の1しかないんだけど? それになんだか何もしてないのにゴリゴリ減ってるし」
「一応、体力の減少は地力の消費を抑えると止めれる。例えばその項目の中にある『地力供給範囲の設定』とか『魔法の使用に関する設定』を変えればいいんだけど」
「けど?」
「この世界で魔法は生命線の1つになってるから、止めたら街の人とかみんな困ると思う」
「ふーん……、でもなんで地力と魔法が関係あるの? 大体魔法の源って魔力じゃない?」
「サクナのイメージする魔法の世界みたいな感じとは全然違う。そんなおとぎ話みたいなことはほとんど無い」
「世界樹だって女神だって、おとぎ話っぽくない?」
「気にしたら負け。というか、話が逸れてる。ひとまずは魔法が魔力じゃなくて地力を使ってるってことだけ知ってればいい」
「なら地力の設定を変えようか」
「地力は海とか大地に力を与えてるから、その設定を変えると魚とかの海の幸はとれなくなるし、畑で野菜が育ちにくくなる」
「地力って魔法に使うやつなんでしょ? なんで畑とか海に影響が?」
「世界樹が大地とか海を魔法で活性化してるイメージ。だから地力の設定でで土地の活力に影響が出る」
「え、ならどうすればいいの?」
「それで困ってたからサクナに声をかけたの」
頼ってくれるのは嬉しいけど、前世は別に神じゃないから何すればいいのか検討もつかないな……。
とはいえ、私のいた元の世界では魔法なんてないし、世界樹もないけど、魚はとれてた。畑で野菜を育ってた。だから2つの設定のどちらを止めても問題がないような気もするんだけど。
あれこれと頭の中で仮説を立てたりしていた私は、背後から近づく人の存在に全然気づいてなかった。だから──
──ギシっ
「あっ……! あの……!! どちら様ですか! ここは関係者以外入ったらだめなところで……!!」
メギでは無い声に驚いた。メギと話してるところを見られてまずいと思ったけど。無視もできないし、「一応怪しいものではありません……」と伝えつつ、声がした方に顔を向ける。
視線の先には──見たことないくらい容姿の整った女の子がいた。部屋の外から私たちを怪しむように半身でのぞき込んでこちらを伺っている。
凄腕のキャラデザイナーさんが書いたキャライラストが現実に出てきたような、見たこともないぐらいの美形人に、つい口が滑って「わぁ、あなたすっごく可愛い……」と言ってしまった。
「怪しくないといわれても、あなたの発言が怖いです……、それにそっちの狐が喋っていたような……」
「狐だしゃべりくらいする。サクナもハグミも私が喋ってるだけで変みたいに言って、なんなのさ」
メギが何事もないかのように普通に会話を始める。
「サクナ、紹介するよ。この子はハグミ。世界樹のふもとで私たちに奉納する野菜を育ててくれてる。近くの町の町長さんの娘さんで、町で2番めに大きな商会の現会長さん。多分これから色々お世話になることになるから、仲良くすること」
「仲良くって……、? それより、どうして私のことをご存じなんですか! お二人とも初めましてですよね?」
ハグミさんがメギの説明に怯えているようだ。まぁ、怪しくないって言ったのに、喋る狐が自分の素性を事細かく知ってたら怖いよね……。
でも──なんでメギはハグミさんのこと知ってたんだろう?
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