第四章 誰が為に 十五話

「あんた、この一連の出来事で、国にとって一番困るのは、なんだと思う?」


 唐突な質問に、小春は眉をしかめながら、当然と思われる回答をした。

「国民全員の武装革命、国の転覆。つまり今。あなたが引き起こした、今の状況」


 あの男は首を振った。

「ところが、そうではなかったんだ」


 あの男は、テーブルの上に置かれた銃を持ち上げた。

「この武器は普通の銃だが、ただの銃じゃない。人智を越えた、奇跡の銃だ。


 当の日、事の重大さを早くも理解した官僚たちは、この銃に対する認識の試算をしたんだ。すなわち、国の策略によってなされたという認識が広まった場合と、人の力を超えたものだという認識が拡がった場合の、被害想定をAIに試算させたんだよ。


 すると、国の策略の場合は、政府は転覆、デフォルトを起こして、人口が五分の一になる。対して、人智を超えたものだという認識が拡がった場合は、人口は数万人規模にまで縮小し、国は細分化され、戦国時代に逆戻り、そう試算してしまったんだよ。

 つまり、あんたみたいな『英雄』が、ぼんぼんと生まれて、すっかり混沌に戻ると、そういうわけさ。


 もっとも、国の連中はご存じの通り、保身と進歩をはき違えるような奴らだから、できるだけ自分たちの被害を最小限に、しかし、この一連はあくまでも、誰かの陰謀で為されたことだと、そういう認識を広めるために、深海魚のように、釣り餌をばらまきまくったってわけさ。決して、全容が明るみにならないように、民衆が飛びつきそうな餌をね。例えば、企業の陰謀と見せるために、特定企業の従業員を暴力団を使って拘束する、とかね。


 それで、こっちにも話がいったってわけさ。つまり、電車ジャック自体は、半自然的に発生したものだが、その捕縛や収束は、こっちに丸投げされたってわけだ。

 おれは表面的には従って、全面的に、裏切ってきている。まあ今の民衆の蜂起さえ、あいつらにとっては想定の範囲内なんだよ」


 あの男はそれだけ言うと、キーボードを一度、クリックした。

「次、勝手なことしたら撃つから」

 小春は銃を改めて男の胸元に構え直した。


 あの男は冷めた目で、その銃口を見返した。

「これで、あんたの聞きたかったことは聞けたか?」


 小春は銃口を動かさずに、言った。

「いいえ」小春もまた、冷たく言い放った。「私があなたにこうやって銃を向けるのは、そんなどうでもいい話を聞くためじゃない。正直、この国がどうなろうと、そこらへんの人たちがどうなろうと、私にはどうでもいいの。銃の話だって、知らなくったって、別に大した問題じゃない。

 ただね、あなたは、佐和を……あの優しい佐和を、こんな道に引きずり込んで、苦しませて、泣かせたわ」


「ほう……」あの男は白い目をして小春を見た。

「少なくとも、おれの知る限り、あの子はずっと、自分で道を進んできたと思うけどな」


 小春はきっ、とあの男を睨み付けた。

「佐和が、自分から人を殺すようになるわけない。あんなに、優しい子だもの」


 あの男は目を瞑って、それから言った。

「あんた、あの子が何に苦しんでたか、知ってたのか?」

「……それが?」

「そうさ、佐和は優しい子だったよ。その優しいあの子が、どういう思いで、あんな道を辿り、あんたから離れようとしたのか、知ってたか? いや、そもそも、知ろうとしてたのか、あんた」


 小春は銃を固く、握りしめた。

「あんたとそうやって話すつもりはないの! いいから、佐和を解放して」


 あの男は、小春の怒りに震える瞳を真っ直ぐ見た。その目は、薄く細められている。

「解放も何も、佐和は、死んだよ」


   *


 真也は己の立てた誓約に、大いに奮起して、駆け出した。


 ひとりの男を、銃を突きつけながら数人の人間で囲っている。事態の成り行きを遠目で見る限りには、男は何もしなかった。たとえ相手が盗人であるにしても、如何いかにも理不尽なそのやり方……真也は集団の方を、元暴力団の一員だと捉えたのだった。


 今一度応援を呼ぶと、真也は勇んで向かっていった。

「やめないか!」


 銃を突きつけている男が、盗人に殴りかかった……もう一度振るわれたその手を、真也はめた。


「なんだあんた、こいつの仲間か」

 殴りかかろうとした男が、真也に銃を向けた。


 その時、銃声が鳴った……真也の目の前で、銃を向けた男が倒れていく。呆気に取られている間に、真也は突き飛ばされた。盗人が、銃を発砲して、飛び起きたのだ。


 男は銃を周りに放ちながら、駆け出そうとした……その背中が、集団のひとりに撃たれて倒れた。

 その銃口が、真也の方にも向けられた。

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