第四章 誰が為に 十四話

 小春が突きつける銃を冷静に見返しながら、あの男が口を開く。


「佐和の話じゃ、あんたもこの社会は決して好いていない、ということだったんだがな。おれを殺せば、民衆の蜂起が止まるって?」


「さあ。どうだか」


 あの男は、首を振った。

「この革命はな、指導者なき革命だよ。

 おれがやったのは、その後押しでさえない。ただ、町を丸呑みする程の荒波に、中心部だけ壊滅させるように一本の道を与えてやっただけ。被害を最小限にするために」


「全部、自作自演のくせに、良く言うわ」

「ほう……あんた、知ってたのか」

「知り合いにジャック犯がいてね。電車ジャックの主犯中の主犯さん?」


 あの男は目を細めて、小春を見た。

「その通りだ、佐倉小春……いや、『英雄』さん」あの男は、静かに言った。「確かに、あの電車ジャックを計画し、広めたのはおれだ」


「しかも、主犯たちを捕まえて『歯車』が大きくなるところまで、折込み済み。もともと同じ舟に乗ってれば、そりゃあ、捕まえるのもさぞ簡単だったでしょうね」

 小春は男を睨み付けた。


 あの男は真っ直ぐ、小春を見返した。

「おれは賭けたんだ。それも、事件が大きくならない方に。

 あれはフラッシュモブみたいなもんだった。大まかな道筋と主犯格だけは確定して、あとは情報だけばらまいて、何人参加するのかもわからない。


 だから、あんな無茶な内容にした。

 乗客が互いに殺し合ってくっていう、そんな無茶な内容なら、参加人数も少ないだろう、みんな抵抗するだろう、そう考えた。ところが、実際はどうだ? まあ、それだけ、この社会にはもともと不正義と欺瞞ぎまんと憎しみが籠もってたってことだ。銃が正しく、そのトリガーになっただけ。

 もちろん、主犯たちは、計画の意図も目的も、ちゃんと知ってたし、強く共感して、喜んで十字架を背負う役目を負ってくれたよ」


 そこで、あの男は、ふっ、と息を吐いた。

「……と、主犯たちには伝えてある、だが、今の言葉は不十分だ。決して、嘘はない。けども、建前なんだよ」


   *


 木下は憶えもない男に、銃を突きつけられていた。


「こいつだ。こいつだよ!」

 四十代ほどの男が目に怒りを燃やして、木下を見下ろしている。

「コンサルのクズだ……何百、何千って解雇してきた血も涙もないハイエナめ。ひとの人生奪ってうまい飯を食う人殺しめ……」


 木下は冷静に答えた。

「人違いでは……? そもそも、コンシェルジュと言ったはずですが」

「上手く繕ったつもりかもしれんが、今このご時世で、急に職業聞かれたら普通、訝しんで誰も答えないんだよ……答えるのは、やましいことがあって、隠したいことがあるやつだけだ」


「そんな理由でよくひとを決めつけられるものだ……失礼にもほどがある」

「おれは誓ったんだよ……娘は自殺でね。娘を殺したコンサルと管理職のクズどもを地の果てまで追いかけて償わせてやるって……忘れもしない、その大きなわし鼻! あのプロジェクトに関わった人間は全員、頭ん中にたたき込んでんだよ」

「そんな、似た顔のひとなんか世の中たくさんいるじゃありませんか……大きなわし鼻だってそこら中にいますよきっと」


「コンサルは口八丁手八丁がお得意だからな、のらりくらりと言い続けるだろうさ、こっちがなんて言おうと……だけどおれは何があってもあんたに罪を償わせてやる……娘のかたきだ……」

「人間の記憶力ってのは、案外あてになんないもんですよ……あなた、そんなテキトーな理由で人殺しになって罪を増やすことないですよ、私も、もちろん、望みませんしね」


「じゃあ、その中身はなんだ!」

 男は木下の腕を蹴り飛ばした。すると、発砲スチロールの蓋が取れて、その中から大量の氷と、一本の人間の腕が出てきた。


 男は木下の顔を殴った。

 その時、

「やめないか!」

 と叫んで男を止める声があった。

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