第四章 誰が為に 十二話

 永田町ながたちょう周辺を隙間なく囲う、透明な盾……その背後には、迷彩色を纏った装甲車が砲塔を並べている。

 無数の機動隊と自衛隊だった。どの顔にも、緊張と、恐れがうかがえる。


 その、鼠一匹さえ通さないという意気込みを込めた隊列に向かって、行軍する大軍隊があった。

 数十、数百万という数の民衆……権力の盾がみな、怯えきった表情をしているのに対して、民衆はぎりぎりまで耐えていた噴火のその瞬間を、今か今かとたぎらせて、掛け声とともに進んでいく。

 正面に戦車の隊列が見えていても、圧倒的な数と、天井知らずの士気を振るって、速度を緩めることはない。むしろ、駆け出して飛びかからんばかりで、まさしくマグマの奔流だった。



(くそ……! ここも駄目か……)


 角を曲がる度に、旧世界を打ち壊せ、と叫ぶ大隊に遭遇し、木下は大いに焦っていた。


 一晩、たまたま目をつけた民家に入り、朝になって起きてみると、道という道が、まるで軍隊蟻が通っているかのように民衆で埋め尽くされていた。

 その列の長いこと長いこと、いつまでも終わりの見える気配ひとつない。揃いも揃って同じときの声を上げ、銃を手に同じ方向へ突き進んでいく民衆の姿は、まるでファシズムが再来したかのようだった。


 石垣を飛び越え、それを繰り返し、辛うじて路上に出たまでは良いものの、数歩も行かないうちに新たな民衆によって、角に追いやられてしまう。しまいにはまた石垣を越えて民家に侵入する……木下は朝からこういったことを繰り返していた。


(くそ! 今日の三時までにたどり着かなきゃいけないってのに、これじゃ二進も三進もいかないぞ……)

 木下は深呼吸した。


(ああ、何をやってるんだ……おれは天下のコンサルじゃないか。こういう時こそ、ロジックツリーを組み立てて、ボトルネックの特定、打ち手の立案を……)


 深呼吸の中で、「長細い箱を抱えて港区にたどり着くためには」という項を因数分解していく……手段の第一層は、地上、空中、準地上(建物から建物)、地上は徒歩、乗り物、準徒歩、乗り物は車、自転車……そうしてどんどん階層を降りていく途中に、ふと、気が付いた。

 第一層は他にもある……!

 

 木下はそう気が付くと、慌てて周囲を探し出した。

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