第四章 誰が為に 十一話

 小春が右腕を失ってから二日目の夕方、小春はようやく自室から出て、真也がよく居着いている食堂へ降りてきた。


 食堂の席でうどんをすすっていた真也を見咎みとがめると、小春は口を開いた。


「ねえ。明日のあの男の動向、わかる?」

「いや、情報はない……まあ、前線には出てこないだろうと思うけど。もしものことがあったら、『歯車』の存続自体が危うくなりかねないし……」

「ってことは、本拠地に引き籠もってるのね」


 その含みのある言い草に、真也は目を細めた。

「……アテがあるのか?」


 小春はそれには答えず、いつもの調子で応えた。

「ねえ、送ってほしいところが、あるんだけど」


 小春の黄色いセーターは袖の先が丸められ、団子になっている。

 小春のその姿をちょっとの間眺めて、本当に腕を無くしてしまったのだと、真也は妙に納得してしまった。


 ふと思い出し、真也は口を開いた。

「そう、右腕のことなんだけど……今日回収に行かせたら、病院には君が言っていた発砲スチロールの箱なんか、なかったそうだよ」

「え?」

「男の遺体は、あったらしいけど……」


   *


 小春と真也が丁度、そんな話をしていた頃、懸命に路上を走っている姿が、ひとつ。


「はっ……! 『英雄の右腕』なんて、ほんと中二どもだな! 頭の年齢だけだと思ったら、この国、精神年齢も下がってんじゃあないのか? でも、そのおかげでこうして、利を手にできるってもんだ……! なにせ、頭の悪いやつがいないと、頭のいいやつは稼げないんだからな……ともあれ、この金があれば、おれはまだまだやれるぞ……インフラは、まだ繋がってる、インフラの株と、どん底の幾つかに投資すれば、十年後、おれは大富豪だ!」


 木下は、1メートル近くもある箱を抱えながら、裏道を泥棒のように……というよりも正真正銘、泥棒として、全力で駆けていた。

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