第四章 誰が為に 六話

 相変わらず、窓の外を飛んでいくのは、オレンジではなく、黄色だった。


 真也は珍しく物憂げな顔をして、覇気はきがなかった。その姿を見ていると、身勝手とは知りつつも、小春は無性に、腹立たしさを感じてしまった。


「あなたたち、どうするの?」

「私たち、って言ってほしいところだけどね……」

「ああそうだった。私みたいな人間がとても集団生活を送れるとは思わなかったから」

「……こんな時にまで皮肉を言うのは、やめてくれないか」


 小春はきっ、と真也を睨んだ。

「こんな時だから訊いたんでしょう。これからは、国の奴隷部隊になるか、『歯車』にくみするか、どちらかしかないわ」


 真也は、すぐには答えなかった。

「おれたちには、まだ、『英雄』がいるだろう……」

「皮肉にしか聞こえないね、それ」

「事実だろう……少なくとも、世間的には」


 小春は、大げさにため息をついた。

「あなた、言ったじゃない。勇気出せって、悪行に従ってていいのかって。今じゃないの、その勇気を出すのは」

「それは僕のあずかり知るところじゃない。隊長が決めることだよ」

「あの傲慢さはどこに行ったわけ? あんだけ偉そうに宣っといて、いざとなったらこんな腑抜けなの?」

「仕方ないだろ……目の前だったんだ。走れば数分もかからない、そんな距離で、また……」


 街頭の黄色は、真也の頭を照らし、その顔は陰になっている。

「あんな状態じゃあ、誰にも救えない」


 そう言ってから、小春は気が付いた。

 誰にも救えない……? 本当にそうだろうか……。

 あの女に気付いた段階で、恵津子を舞台から逃がすことはできたのではないか……あの男なら。


 そもそも、あの男はあの女のことを、公安警察だと知っていた。なら何故、みすみす会場内に入れるようなへまをしたのか……。この数ヶ月という短期間で、無謀としか思えない電車ジャックを成功させ、インフラをすべて掌握し、民衆の大半を味方につけ、国家権力に対抗するだけの力を築き上げてきたあの男が、そんなミスをするとはとても思えない……ということはつまり、あれは……。


 その答えに気が付いた小春は、背後にあるもうひとつの事実に気が付き、唖然あぜんとした。

「佐和……」

 思わず、その名前が口をついて出た。


「ねえ、賀谷かががメシアンだってこと、あの日の前から、佐和は知ってたの……? 日比谷ひびやは、知らなかったみたいだけど」


 真也は不審な顔をして小春を見ながらも、根の真面目さからか、答えた。

「恵津子が潤に言わなかったのは、恥ずかしかったから。潤と恵津子は古い仲だったからな、わかるだろ? みんな知ってたよ、潤以外は。佐和ちゃんも当然……」


 小春の沈痛な面持ちを見て、真也は一層、眉をしかめた。

「なんだ……何がある?」


 小春は、それには答えなかった。

 襲撃者に気付いてなお、一層、艶麗えんれいに、一層、躍動を帯びて踊り続けた恵津子の姿を、小春は瞼の裏に思い起こした。


賀谷かが、メシアンとして死ねて、幸せだったんじゃない?」

「なんでそんなこと君にわかる」

 真也は声に苛立ちを込めて言った。


 小春はそれにも答えず、真也は毒づいて前の座席を蹴り飛ばした。

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