第四章 誰が為に 四話
ドームは既に、人で一杯だった。
世情が世情であるため、何万人という単位の人数が一同に会する光景は、圧巻と恐怖以外の何物でもなかった。
誰しも、否が応にも隣人の一挙一動を意識し、仲間内で微かな
この人数を招集ひとつで集めてしまうとは、『歯車』が如何に巨大で、圧倒的な影響力を持っていることか……それを世に叩き示しただけでも、このセレモニーが開催された意味があったのではないかと、そう思わされてしまう。
「そういえば、あなたも知ってたのね。笑ったんじゃない? 『英雄』、なんて」
小春はふと思い出し、小声で、けれど努めて軽い調子を心がけて言った。真也と真也の仲間数人は、用心して観客席を下っていく。
「別に、笑いはしないよ」
互いに抗争状態の集団も少なくないだろう、場内での勃発を妨げているのは、もっぱら事前に通知されている告知のみだった。
すなわち、本セレモニーは『歯車』の重要な位置づけにあるセレモニー故に、そのセレモニーを阻害する集団は、『歯車』が全力で以て制裁を加えるという。
「じゃあ、怒った?」
「それもない」
「私は否定したんだよ。英雄なんてもんじゃないって」
「まあ、救ったことには、違いない」
小春の頭に『英雄』と呼び出した女性のことが唐突に過ぎり、すると、小春の胸の底に穴が空き、下へ下へと落ち窪んでいくような感覚に襲われた。
会場は、始めちぐはぐなうねりに過ぎなかったものが、開催が近くづくにつれ、次第に熱気に包まれていった。
巷では、メシアンの演者が登壇するという噂が流れているらしい。『歯車』に反意を示している集団ですら、メシアンのことを悪し様に言う者は少ないと聞く。メシアンはあくまで劇の演じ手であり、信託者である……当の企業が嫌いでも、CMに起用された女優まで嫌いはしない。民衆はメシアンの演者を一目見るというその一事だけで、心を昂ぶらせたのである。
その熱気に目を細め、胸に空いた重苦しさを振りほどくように、小春は急ぎ足で真也の跡を付いていく。
「あなたも知ってるってことは、当然、佐和もだろうね」
「そりゃね、君は、もう相当有名だよ。……恵津子も、当然知ってるだろうし」
「彼女、いったいなんて言うだろう。今の私を見たら」
「うん?」
真也は、きょとんとして、小春を見返した。
「何? だって、そうでしょう?」
「ああ、そうか……君は、読まなかったのか。僕は、送ってたんだけど」
「何を」
「恵津子はね、メシアンなんだよ」
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