第四章 誰が為に 三話

 窓の外を、黄色が飛んでいく。


 いつぶりだろうと、小春は思う。

 こうして車窓を流れていく街頭の灯りを見たのは、いつぶりだろう。


 煌めく光の粒子が、残光をつなぎ合わせて、二筋の線を作っていた。車窓から見える空は、陽がほとんど沈みかかっていて、ちょうど、青色が失われようとしているところだった。街に街頭以外の灯りはない。今時、この時間帯で灯りをつける民家はない。


 セレモニーに連れていけと迫る小春に、真也は言った。

「君も知ってるんじゃないの? 各集団ごとに人数制限があるんだ、当然だろ。君を連れていくことが僕らにとってなんになる? 隊長に、どう説明する? それとも何か、セレモニーに連れていけば、君は天下の『英雄』として、僕らに勝利の剣でも貸してくれるって?」


 小春がそれに従うとはまるで思ってなかったのだろう、真也の皮肉と苦笑に、それでも構わないと即答すると、真也は大いに狼狽うろたえた。あるいは、連れていかないとその『英雄』の名を存分に利用して、いつか必ず返報をくれてやると、そう付け加えたせいかもしれない。


(それにしても……)

 と、小春は包帯の巻き直された右腕を見る。

「……でもその傷は、とても大丈夫そうには見えないけどな」

 小春の即答……脅しに、首を振りながらも渋々承知した真也は、当てつけというわけでもないのだろうが、そう言い足した。小春は答えた。

「大丈夫よ、もちろん」

 もちろん、大丈夫なわけはない。


 左手の中指に力を込めて右腕を弾く。

 と、痛いのはその左手の中指だけだった。

 右腕の感覚はもうない。傷跡は、薄気味悪く黒ずんできている。肩から先、棒がぶら下がっているような感覚だった。

(これは流石にまずいな……)

 しかし、セレモニーに参加しないという選択肢は、小春の中で考えられなかった。


 それに、身体の傷に関しては対処の見込みがついていた。

 というのも、セレモニーの後、医者である叔父に看てもらうことになっていたのだ。

 医者のアテならある、と小春が強気で豪語ごうごすると、セレモニー参加の条件が付け加えられた。

 メモしてあった住所と連絡先を嫌々ながら真也に渡すと、既にゼンが連絡を取っていたようで、すんなりと承諾が得られたらしい。


(まあ、どうにかなる……腕の方の傷は)

 結局、右腕についてはそう結論づけると、陽を呑み切った黒い街に思いを載せた。


「……腕の方は大丈夫でも、もうひとつの方の傷は、そんな生易しくないだろ」

 真也からそう返答を受けて、小春は、不覚にも、言葉に詰まってしまった。この男に見透かされたようで、しゃくだった。が、ともかく、小春は黙って、気丈に振る舞っていた。


(……大丈夫……大丈夫よ。そう、佐和のことだけを考えればいい)

 しばらくそうしていると、隣の座席の真也が、口を開いた。

「君は言ったね。群れるのは苦手だって。それでも、哀しいもんなんだな……」

「……へえ、あなたも、言えるようになったじゃない。皮肉」


 真也はため息をついた。

「そんなわけないだろ……君の身に起こったことを知って、皮肉が言える人間は、悪魔か、天性の道化だけだって」


 冷めた目で、小春は真也を見返した。

「この車、どこに向かってるの?」

「心配しなくても、僕らだってセレモニーには出席するべきだと思ってるんだ。ドームだよ。

 だいたい、」

 と真也は、身を小春の方に傾けた。

「君、捕らえられてたんじゃないの? だって、銃もスマートフォンも持たずに、倉庫の中にいたんだから」


 小春は答えなかった。

 真也も、それ以上は口を利こうとしなかった。


(そう……佐和のことだけ、考えてればいい。それしか、ないんだから、もともと……)

 小春は、黄色い光をひたすら睨み続けた。


 知らず知らずのうちに、歯茎がぎしりと不吉な音を立てるほど、歯を食いしばっていた。

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