第四章 誰が為に 二話
「よくわかりません……今日は、全体報告の日でした。だから、体育館に多くが集まっていたんです……そしたら、急に大きな音がして、何かが幾つも幾つも投げ込まれて、それで何人も焼かれました。それから、厳つい人たちが雪崩れ込んできて……もうその後はパニックでした。天然監視塔があるはずなのに、なんでこんなこと……」
幾人かで講堂に立てこもり、救出されたひとりが、保健室のベッドの上で泣きじゃくりながら話した。生き残っているのは、三十人弱だという。
毛布を羽織り、銃を握りしめて、小春は静かにその話を聞いていた。ゼンが良く座っていた椅子に、ひとり、丸くなって座りながら。
丸くなって座る小春を見下ろして、真也はその日幾度目かのため息をついた。
体育館一杯に、縦横、連々と列なす百を越える遺体……小春は、体育館の脇に座って力なくその墓場を眺めている。毛布を病人のように羽織り、長く、くしゃくしゃになった髪を目元にだらりと垂らす小春の姿は、すっかり生気を失っているように見える。
「これで全部……?」
「え?」
「遺体」
「襲撃したやつらの方は別にあるけど、それ以外は、おそらく……」
「そう……」
これほど弱り切った小春の姿は見たこともなく、十も歳を取ったようにさえ見え、哀れであり、けれど、これまで意固地で、頑固な小春しか見ていなかった真也は、ほんの僅か、いい気味じゃないか、と思ってしまった。
「他は、逃げたか、捕虜になったかだろうな……」
心に上った思いを恥じるように、真也はそう口にしてしまってから、それが小春にとってなんの慰めにもなっていないことに気が付き、一層、己を恥じた。もちろん、連れていかれた者たちを待ち受ける悲惨な運命については、彼女に口外しないよう、仲間たちにきつく言い渡してある。
倉庫から救出された小春は、何があったのか、頑なに口を開こうとしなかった。
もっとも、十中八九、元暴力団員だろう、倉庫で何をされたかということは、その時の惨状からおおよそ見当がついた。それゆえ誰も無理に聞こうとはしなかった。
真也たちが到着した時、残っている襲撃者の数はそれほど多くはなかった。残党の殲滅を速やかに済ますと、怪我人の救出と、遺体の回収に当たった。相当派手に撃ち合いがあったらしく、双方の遺体の数は二百五十を数えた。
「なあ、どう思う……? やっぱり、裏切りだと思うか?」
小春は黙り続けたままで、瞼ひとつ、動かさなかった。
「……まあ、裏切りだろうな、やっぱり。元暴力団のやつら、成功するかなりのアテと、相当な益がないと動かないからな……。どうも自慢の監視塔は働かなかったようだし。あるいは全員、買収って線もある……。裏で大層な枚束が絡んでるんじゃないか……」
真也は横目で、小春の反応を注視した。
しかし、小春は沈黙を崩さなかった。髪先一本動かさない。ひたすら、死体の列をその茶色い瞳で眺めている。真也はため息をついた。
「残党を……それから捕虜も、できれば追っかけたいところだけど……今晩は例のセレモニーがあるからな……」
小春の身体は僅かに反応した。それを横目で見ながら、真也は言う。
「君は、どうする……? いや、まずはその腕か……。アテはあるの?」
「連れてって」
命令するような口調だった。その態度に、真也は苛立ちを通り越して、呆れ返った。
「は? 医者のアテなんかこっちだって……」
「セレモニーよ」
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