第三章 ユエと結え 十二話
「どうしても駄目って?」
会議室で、メンバーの顔役たちを前に、小春は食って掛かった。会議のメンバーの半分は最近になって増えた人員で、小春と面識のない者も多かった。
「君の気持はわかるし、怒りも当然だと、私は思う」
ユエは顔を暗くしてそう言った。
「でも、それは流石に認められんだろう。あんたはもう、超のつく有名人なんだ。今、あんたが
タカが、厳つい顔で言った。
「でも、サラはこれまで、うちらのために頑張ってくれたじゃない。サラ以上のことをしたのはユエくらい。なのに頼み事のひとつも聞けないわけ?」シナは言葉の節々で怒りを振るった。
「それはわかるけれども。彼女の行動ひとつで、われわれ全員の身の危険が及ぶことも、考慮に入れなければね」マコは自身のもじゃもじゃ髪を触りながら言った。
「彼女自身がわれわれに愛想を尽かしてしまう可能性は考えてないのかしら?」とセキがマコに微笑みかけて言う。「それが
「そんな個人の
「そんな勝手な行動を許してしまっては、他の者にも示しがつかんだろう! 今はただでさえ急拡大し過ぎて、内部の統制も混乱しかけてる! 隣にいるやつがこれまで見もしなかったやつで、そんな状況でどうして背中を預けることができる? それを招いたのも彼女だろう!」
「そんな言い方は酷過ぎる! 撤回しなさい!」シナが叫んだ。
すると、ユエが手を挙げた。
一同は静まり返った。
「感情のぶつけ合いになってしまっては、それは口喧嘩であり、話し合いではない。しかし、シナの怒りも
「私はただ、事実を述べたまでだ。間違った内容を言ったつもりはない。しかし、方法がという話なんだろうが、私はもとより、こういった話し方になりやすい。それは認める」
ユエは頷いた。
「では今一度、サラの意見に戻ってみよう。われわれは、誰一人、君に意見を強制することはない。思う通りに言ってくれたまえ」
「抜けさせてください」
会議は、水を打ったように静まり返った。
それは小春自身、思ってもみなかった言葉だった。しかし一度口に出してしまうと、それが小春の望んでいたことだと、そんな気がした。
「抜けさせて」
小春はもう一度言った。
タカが口を開こうとした……それをユエが手を挙げて止めた。
「それが君の決断かな? 変わりは、ないかな?」
「ないわ」
ユエは少しの間、目を瞑った。
それから、灰色の目を一同に見回した。
「それでは、サラの決断について、われわれは討議で以て、裁定を下したいと思う。彼女の存在の大きさを鑑みて、この討議はできるだけ多くの構成員で行うこととする。コウ、電子機器を使用した全体討論の準備と、各メンバーに通達を頼む。討議の開始を一時間後とし、討議の期限を五時間とする。なお、期限内に決定しなかった場合、その時点までに提出された裁定の中から、投票で以て、サラの決断に対する裁定を下すこととする」
ユエは小春に向き直った。
「サラは、討議の場に参加しても構わないし、外で待っていても構わない」
小春は即答した。
「外で待つことにするわ」
小春は青空を眺めながら、何故あんな発言が口を出てきたのだろう、と改めて考えた。しかし、幾度考えても、やはり、あの発言が出ていたに違いないと思うのだった。
空は、筆で塗ったような青空だった。
「民主主義は最悪の政治形態である。これまでに試みられてきた民主主義以外のあらゆる政治形態を除けば」
期限通りの時間が過ぎ、小春の元へ――川の
「私は政治家が嫌いだが、この言葉は全くその通りだと思うね」
「じゃあ、抜けられないのね」けれど、小春は抜けさせてもらえないのだろうと、そんな予感があった。
「サラの脱退は認めず、サラは今後、一層、交渉役としての仕事に従事すべし。なお、その条件が飲まれない場合、サラから武器を剥奪後、拘束するものとする。今後、考えを改め、上述の仕事に従事するまで、これを継続するものとする。
なんと酷い決定だろうね。
集団の内部事情を良く知っているのに、抜けさせるわけにはいかない、僕らの身の安全に関わる、第一、彼女ほど著名な人物を抜けさせたら、内部分裂を起こしてしまうだろう、と、そういった意見が多かった。
結局、人というのは、こうなのだよ」
今度ばかりは、いつもの
「大きすぎると、それだけで、いろんな軋みが生まれてくる。
シナとセキはその場で銃を発砲しかねないくらいだった。シナは何度も、自分が抜けて力づくでもサラを抜けさせてやるって怒鳴ってたね。ゼンも、相当頭にきていたようだった」
長身の彼が、小春のために怒りを堪えている場面が想像できず、小春は力なく笑った。
「それで、どうするんだい、君は。この決定は、私も従わないわけにはいかないんだ」
「わかってる。でも私、結構頑固なんだよね。だから、一度決めちゃうと、他の方には向かないの」
ユエはため息をついた。
「正すべきものを直そうとした結果が、これか。新しく、正すべきものを生んでしまっただけじゃないか」
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