第三章 ユエと結え 十話
ゼンの他に、『歯車』と協調路線を取るべきでないと考えている人物は、セキと、集団内の財布持ち、マコという三十代半ばの男性。
セキは戦略の統括もしているため、今すぐ全面的に対決するべきではないものの、どこかで対決の意思表示をしなければならないと考えていて、マコは妻を『歯車』を標榜する一団に殺されていた。
そして、もうひとり、ユエとは比べるべくもないものの、他のメンバーの中では割合、人望があり、木下との審判の場に居合わせなかった人物に、タカという男がいた。
彼は防衛全般の統括を担うことが多く、自ら進んで危険な場面に突撃して行くことも少なくなかったらしく、必然的に多くの人員が割かれている防衛メンバーからの信頼が厚かった。
彼は『歯車』と全面的に対決するべきだと考えているだけでなく、何かにつけて議論を行う集団の方針や、ひとりひとりの意見を尊重するまどろっこしさとはあまり馴染めないらしく、ユエとの反りもあまり良くないという声が、各所からちらほら聞こえていた。
*
「アイドルってのは、かつてみたいな、性商品じゃもうないんです。ええ、つまり、象徴で、かつ神託者なんですよ。バーチャルアイドルですから、いつまでも変わらないわけでしょう? 姿とか、声とか……それに、ネットの向こうに、いつもそこにいる。
それに彼女は直接何かを言うことは滅多にないんですよ、彼女は歌って、劇をする、その完成度もまさに美のイデアのように素晴らしいんですが、その、暗喩というか、暗示というか、密かに、けれど哀しく込められたメッセージに気づくともう、ああ、僕は使命があるんだな、って、そう思うわけです。つまり、美の象徴であり、天命の示し手であり、われわれの指針なわけです、彼女は」
こう言ったのは、『歯車』のメンバーではなかった。
ユエの集団のひとりである。メシアンの影響力を直に見てみたいと思っていた小春が、セキと話していると、セキがその男の元へと連れていってくれた。
「彼みたいな人は、そこら中にいるのよ」
「ふうん……架空のくせして、大した影響力だこと」
「ええ、困ってしまうくらい、影響力あるの。ほんと、困ったものなの」
セキに語らせると、何事も穏やかな音色に消されてしまうところがあるが、それでもその影響力の甚大さは、否応にも小春の肌を伝うのだった。
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