第三章 ユエと結え 九話

「左腕は慣れたん?」


 小春は、ぎしぎし鳴る椅子を回すゼンに、左手を開け閉めして見せた。


「まあね……」

 それを見て、ゼンは頷いた。

「知り合いの医者にはあたってんけどな……」


 シナとユエ、それから護衛の部隊と一緒に、交渉から帰ってきた小春を、ゼンが保健室に呼び出した。

「やっぱ、今はみんな引き込もっとるか、仕事投げ出して疎開しとってな……ほんま、医者の風上にもおけんやつらやと思うで、まったく」

「叔父さんに、医者がいるけど……」

「近くか?」

「割と」

「何科かわかるか? ……いや、この際関係あらへんか。クリニック……病院の名前は?」

佐古田さこだっていうの。たぶん、病院の名前も佐古田さこだクリニック」

「ああ、割と最近開業しとった気ぃするわ。そんな名前の。ようある名前やないからな。場所詳しく」


 小春はスマートフォンを取り出し、しばらく前の親とのトーク画面を探した。開業した際、何かの時にはそこへ行くよう、住所が送られていたはずだった。


 小春が操作している間、ベッドの端に腰掛けていたゼンは、小春の動きを目で追っていた。小春はその視線に気付いていた。

「……何?」


「いやあ……」小春が横目で睨むと、ゼンは長い腕で頬を掻いた。「君、なんや、よう上手くやっとるらしいな。集団生活なんかろくにできんやつやと思っとったけど」

「悪かったわね。でも私もそうだと思ってた」


 ゼンはため息をついた。

「いちいちそんな突っかかんなや……褒めとるだけよ」


 小春はゼンに住所を見せた。

 その住所を書き写しながら、ゼンは口を開いた。

「銃持って、傷ついた人の手当てして、ゲバラにでもなった気ぃしとったんやけどな。でも、おれが撃つ相手も、おれの患者やと思うとな……ゲバラは、それをどう思っとったんやろうな……」


 小春は何も言わず、ゼンが腕を動かすのを見つめていた。

「君、『英雄』なんやろ? 君は、どう思うん?」

「別に」

 小春は即答した。

 ゼンは苦笑した。


「とりあえず、向こうさんには送っとくわ。あんたの甥っ子さんはうちらの『英雄』で、腕を怪我してましてね、って。定期的に包帯巻き替えなあかんで」


 書き写した住所を丁寧に書類の間に挟むゼンを、小春はじっと見つめていた。

「あなた、ユエのこと、好いてないって、ほんと?」


「木下とかいう男やないけど、あのめるようなやり方は、好かん。ユエは、たまに手段を選ばんと、なんでもやるからな。ユエは優秀やで。人間的にはおれも好きやけど、でも、『歯車』は人殺し過ぎやし、ここのやり方も、ちと強引なとこもある」


「でも、あなた、ここにいるんでしょ?」

「ここもようないとこはいっぱいある。けども、ここより悪いとこは五万とあるし、マシなとこ探そ思たら、ひとつもない」

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