第三章 ユエと結え 三話
室内は壁から机から椅子から、どこもかしこも茶色や褐色で沈められていた。家具や額のひとつひとつ、壁や天井や奈落の割れ目一片一片に至るまで、重厚感(圧迫感)が染み出ている……一言で言えば、校長室だった。
部屋の真ん中には、部屋いっぱいに長机が寝そべり、既に二つ、席が埋まっていた。
小春たちから見て手前から、赤茶で、カールがかった髪、柔らかな鼻。まるでボッティチェリが描いたような女性。
それから、パソコンを前にした、岩面のような顔面の男性。いずれも、ユエやゼンと同じくらいの年齢である。
「さて、まずは軽く紹介しよう。彼女はセキ、領外巡察や戦闘時の統括にあたってくれていてね、君を見つけたのは彼女さ。そしてコウ、IT全般を担ってくれている。こんな時だからこそ、彼の担う仕事はたくさんある。
そしてこちらが、サラ。本日の
「サラ、君はこれからもう一人と共に、審判を受けないといけないのだよ。われわれが真実を知り、下すべき裁定を下すために。彼を!」
ユエの言葉に応えて、一番奥に座っていたコウが奥に設えられた扉を叩いた。すると、その扉から、二人の人物が入ってきた。
小春は驚いた。
追い立てられるようにして入ってきたのは、スーツがよれ、僅かにやつれ、幾分、歳が
けれど、小春は男に驚いたのではなかった。
あの電車の中で、小春たちの後ろに座っていた、例の覆面ではないだろうか。その整った顔が、覆面を被る前の顔と、重なって見えた。
彼女もまた、小春に気付いたらしく、目を細めて小春を見た。
流石のユエが、気が付いた。
「なんだい。リナは知り合いかね」
「まあね」
赤ドレスのリナは爽やかな顔をして答えた。
「遠い親戚に当たるひとでね」
小春は内心密かに目を見張り、それ以上に警戒を強めた。
「ああ」
ユエもまた、笑顔で返した。
「なるほど。遠い親戚ね」ユエは頷いた。
「結構なことだ。それならきっと彼女も少しは気軽にできるだろう。少なくとも、ゼンの時よりはね」
ユエが入って左の席に座ると、そこに連なるようにシナとゼンが座り、リナが
小春が座るのを見届けたユエは、堅苦しい口調で言った。
「それでは諸君、今からわれわれは、事実に関する論議で以て、木下
いったいなんのことかと小春が視線をきょろきょろとさせていると、シナが片目でウィンクした。
その隣のゼンは、目を瞑り、むっつりと押し黙っている。ゼンの対面に座るリナは、薄らと笑いを浮かべている。
小春が小さく息を吐くと、木下と小春のことを交互に見て、ユエは言った。
「その前に、二人の疑問符を最低限、取り除いておくとしよう。
われわれは何事かを決定しなければならない必要に迫られた際、基本的に直接民主主義を取っている。できるだけ多くの人間で、討議し、その上で決定するのさ。古代のアゴラのようにね。
もちろん、全員出席とはいかない場合も多い。今もそうさ。しかし、可能な限り参加し、話し合いを折り重ねる、というのも、われわれは誰しも、高明な哲学者でさえ、『ゲルニカ』のように物事を見ることはできないし、できたとしても『ゲルニカ』でさえ、やはり決まった視点なのだから。
ところで、われわれは今、決めなければいけない。今回の場合、二人を取り巻く事実がわれわれには一面的にしか見えていないのだよ。それで以て裁量を振るうというのは、あまりにも粗野だろう? そこで、われわれとしては事実を知り、その上で裁定を議論で以て下したいと思っている。というのも、司法も法執行機関もろくに機能していない現状、われわれも、それなりの措置を講じる必要があるからだ。
ではセキ、発見した状況を簡潔に頼みたい」
「私たちがお二人を見出した時は」
ユエの正面に座るセキは、穏やかな表情で、穏やかな口調だった。
「倒れたサラさんに、木下さんが駆け寄るまさにその瞬間。サラさんは血を流して既に気を失っていたけれど、木下さんの方は、私たちが近づくと、勢いよく振り向いて、一瞬、銃を構えようとされたのを覚えてます。すぐに、下ろしたけれど」
ユエは頷いた。
「では、どちらからでも構わない。事の発生と経緯、そして何を為したか、教えてもらえないだろうか」
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