第二章 サイレントナイト 一話

 なんだか、ひどく変な夢を見たな……。


 小春は鉛の瞼を開いた。白い天井に、白い壁、青と白の縞模様の布団、白いシーツに白い枕、白い鉄のベッド……。小春を歓迎する、灰色の朝……。

 そう思って顔を横に傾けると、銀色の銃がある。


 小春はじっと、銃を見つめた。

(ああ、やっぱり……)


 小春は改めて納得した。

(まだ、見てるんだ……いつ覚めるんだろ……)

 

   *

 

「いやあ、怖いですね」


「ほんと、何してるのかしら、警察は……」


「こんなんじゃ一歩も外に出られない。もう自衛隊でもなんでもいいから、早くどうにかしてよ」


「保身に走る以外、できることはねえのか政治家は。動け。働け。税金泥棒め」


「モラルの低下が駄目なのよ、若者の。ほんと恵まれた環境にいるくせに、だって大学行ってる時点でどんだけって感じよ、ねえ? あなたもそう思うでしょう?」


「ホント、もう怖くっておちおち家で寝るもの怖いですよ。殺人者が東京中をうろうろしてると思うと」


「自己責任だよ自己責任。電車に乗ったやつが悪りんだ。だから俺は家で寝る」


「まるでウィルスじゃないですか。電車ジャック、でしたっけ? 感化されて自分もそうなっちゃったっていうんだから。テロリストってのは、怖いもんですな」


 街頭でマイクを向けられた大人たちが、呑気にそう答えている。


 事件に巻き込まれた被害者(兼殺人者)たちが、東京中で肩を戦慄わななかせながら街頭インタビューを見て、思わず叩き付けるようにテレビの電源を切った――その瞬間、ソファーに羊のように足を投げ出した小春は、ひとり、爆笑しそうになっていた。


 どうやったらこんな短絡的な思考ができるんだろう!

 政治家が事ある毎に「私は潔癖けっぺきです!」と言って、それを真に受けるようなものだ。何度、棒を投げても、飽きずにとってくる犬のような短絡さ!


 小春が誰もいない空間に、カッカッ、と笑いを飛ばしていると、画面が水色に切り替わった。


「不審物を拾った方は、決して使用せず、速やかに近隣の交番までお届けください……全国の各路線で、運休見合わせのお知らせです……現在、日本各地で大規模なテロ活動が行われている模様です。なお昨日の電車ジャック事件で、被害者も含めた多数の民間人がテロ活動に加担したものと警察は見ており、事件の捜査とテロリストの確保に向け……」


 ……どうも、短絡的な思考しかできないのは街頭インタビューだけではないらしい。

 それどころか、国全体が丸ごと、脳みその中身が空っぽになっていると見た方が良さそうだ。


 少なくとも警察とマスコミは、小春にテロリストという烙印らくいんを押した。そしてこのニュースを見た一般人は、テロリスト駆除の旗を掲げながら、小春に銃を突きつけることだろう。

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